コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第183話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第183話】

 

 青い光に飲み込まれてしまった冒頓の視界は、太陽を直接見た時のように真っ白になり、何物の姿形も見えなくなってしまいました。

「クウゥッ・・・・・・」

 鋭い痛みを発する両目を押さえながら苦しげな声を出す冒頓の耳に、母を待つ少女の奇岩の声が聞こえてきました。

「お前のせいで、わたしは長い間一人だったのだ。お前も苦しめっ。苦しむんだっ」

 それは彼女の心の底から発せられた声で、そこには彼女が長い間経験してきたヒリヒリとした痛みと、ずっと抱え込んで来たドロドロとした憎しみが込められていました。

 その声は、冒頓が決して忘れることが無いように心に刻み込むのだとでもいうかのように、彼の頭の中で何度も何度も響き渡りました。

 その声がようやく小さくなっていくのと同時に、冒頓の目も少しずつ機能を取り戻してきました。でも、母を待つ少女の奇岩の声の代わりに聞こえ出したのは何やらひどく慌てている男たちの声で、白の世界の中にうっすらと形を表してきたのは草原とそこに建てられた大きな天幕でした。どうやら、地面から噴き出した青い光の飛沫を浴びたときのように、冒頓は現実の世界ではない何かを見せられているようでした。

「冒頓殿! 匈奴が、父君が!」

「まさか! ここには、冒頓殿がいらっしゃるのに・・・・・・」

 現実でない世界で、彼の周りで当惑している男たちは皆屈強な成人でした。このことから考えると、いま見せられている場面は、冒頓の子供の頃の辛い記憶を基としたものではないようでした。

 彼が率いる護衛隊の男たちと似た格好をしたその男たちは一様に真剣な顔をして、冒頓のことを心の底から心配するかのように声を掛けて来ました。

「いかがいたしましょう、冒頓殿。このままでは、お身体に危険が及ぶかも知れません」

「まったく、どうしてこんなことができるんだ。冒頓殿の立場を考えていないのか、我らが単于は!」

 一体何のことを言っているのかと冒頓が彼らに問いただそうとすると、まるで煙が風に掻き消されるかのように、彼らの姿も声もサァッと消え去ってしまいました。

 その次に白の世界に浮かんできたのは、空が見えなくなるくらいの無数の矢が飛ぶ姿と、シュシュシュゥという空気が矢によって切り裂かれる音でした。これは、冒頓が子供の頃に見た、烏達渓谷の戦いで御門率いる月の民の軍勢からから匈奴軍に向けられて大量の矢が放たれたあの場面、新興匈奴が決定的な敗北を喫したあの場面に似ていました。

 しかし、今度浮かび上がってきた場面も、冒頓の辛い記憶の中から浮かび上がってきたものではないようでした。あの烏達渓谷の戦いで冒頓の記憶に深く刻み付けられているのは、自分たち匈奴軍の上に月の民の軍勢から放たれた矢が降り注ぐ場面でしたが、いま彼が見ているのはその逆でした。つまり、彼が居る側から敵の側へと、無数の矢が飛んでいく場面なのでした。

「今度はお前が一人になるんだ! お前が一人になるんだ! 一人になるんだ! 一人に・・・・・・」

 矢が起こした音が遠ざかるのと入れ違いに、再び母を待つ少女の奇岩の声が彼を打ちました。

 これは、彼女の呪いでした。

 病気の体で一人取り残された自分がどれだけ不安だったことか。自分の為に母が出て行ったことはわかっていても、どれだけ寂しい日を過ごしたことか。いくら待っても帰ってこない母を、わたしを捨てたのではないかと疑ってしまう自分を、どれだけ嫌いになったことか。そして、もう母は帰ってこないんだと確信した時、ああその時に、わたしがどれだけ深く絶望したことか。

 冒頓の発した煽り言葉によって、その全てが彼によって引き起こされたことだと、母を待つ少女は信じたのでした。

 あるいは、それは母を待つ少女がずっと待っていた言葉だったからこそ、彼女はそう信じたのかもしれません。つまり、母も彼女も悪くない、他に誰か悪い人がいたのだと、彼女は心の奥底でずっと、信じたがっていたのかもしれません。

 いずれにしても、母を待つ少女の奇岩の長年にわたって積み重ねられた怒りと憎しみの矛先は冒頓に向けられ、青い呪いの光となって彼を飲み込んだのでした。

 

 

 大きな天幕の陰で、眉間に深い皺を刻んだ顔を突き合せる男たち。あまりに大きな出来事に自分一人で心を整理することができず、誰かと重荷を分け合いたいのだ。しかし、動転しているせいなのか、人目を避けて天幕の陰に行っているはずなのに、その声を抑えることがまったくできていない。

「冒頓殿! 大変です、冒頓殿!」

「御門殿がどう思われるか。こんな裏切り、信じることなどできません」

「こんなこと俺なら絶対にできないのに、どうしてっ!」

「如何いたしましょう、冒頓殿っ!」

「冒頓殿!」

「冒頓殿!」

 

 

「矢を放てっ! 撃てない奴は俺が叩き切るっ」

 ザァァッ! サアアァツ!

 シャァアア!

 無数の矢が目標に向かって飛んでいく。

「一人だ、俺は一人だっ。一人なんだぁ!」

「ぼ、冒頓、キサマァッ・・・・・・」

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