コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第200話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第200話】

 この王柔の言葉の中で、羽磋の耳に引っかかるものがありました。「理亜がヤルダンから一人で村にまで来た」と王柔は言いました。これはひょとしたら以前にも聞いていたことかもしれませんが、羽磋は気には留めていませんでした。でも、実際にヤルダンへ旅をしている今は、そこにも不思議があることに気が付いたのでした。

「王柔殿、理亜がヤルダンから一人で村に来たとおっしゃいましたか」

「ええ、そうです。寒山という人が率いる交易隊が西から東へヤルダンを渡るときに、僕は案内人を務めていました。理亜はその交易隊が連れていた奴隷だったんです。あ、今はもう理亜は自由になっていますよ。寒山殿が、理亜が風粟の病に罹ったと思って、ヤルダンの中に置き去りにしていったんですから。ああ、そう言えば、理亜が置き去りにされた場所は、今僕たちが目指している母を待つ少女の奇岩が立つ場所の近くでしたね」

「王柔殿、それも不思議ですよっ。僕たちは土光村を出てからずいぶんと進んでいるのに、まだヤルダンにはついていないじゃないですか。理亜はそのヤルダンの中に置き去りにされたのに、歩いて土光村までたどり着いたんですか」

「ああっ。言われてみれば、確かにそうですねっ」

 王柔が土光村の入り口に立っていて村に向かって歩いてくる理亜の姿を目にしたときには、再び彼女と会えた喜びと驚きによって、一瞬で心がいっぱいになってしまいました。さらに、そのすぐ後には、「自分の身体を理亜がすり抜けてしまった」、そして「夜が来て忽然と理亜が消えてしまった」と、恐ろしい出来事が続いて、彼は気を失ってしまいました。

 意識を取り戻して以降、理亜の身体に起きている不思議なことをなんとかしてやりたいと王柔は色々と頭を働かすことになるのですが、どうしても自分の目の前で起こった不思議なことに目が行ってしまって、理亜が遠いヤルダンの内部から一人で村に辿り着いたという不思議にまでは、注意を向けられていなかったのでした。

「そう考えてみると、理亜に起きている不思議は、ヤルダンの中で始まったのかもしれませんね」

 ヤルダンが精霊の力の強いとても不思議な場所であることは、月の民の遊牧民であれば長老や旅人の話などで必ず聞いたことがあると言えるほど、有名な話でした。ましてや、羽磋たちはこれまで、そのヤルダンから溢れ出た動く砂岩たちと戦ってきたのです。そこに自分たちが理解できない不思議な力が働いていることには、何の疑問も持っていませんでした。

 羽磋は自分が背にしている皮袋に入っているもののことを考えていました。それは、文字通り羽磋が肌身離さず持ち歩いている皮袋で、交易路から落下して川を流された後でも、彼の背にしっかりと掛かっていました。その中に入っているものは、どれも羽磋にとってとても大事なものでした。

 羽磋は改めて王柔の様子を観察しました。

 ヤルダンを渡る交易隊の案内人の証である赤い頭布を巻いた背の高い若者。あまり筋肉がついておらずひょろっとした細い身体の上には、面長で優しい顔立ちの頭が乗っています。彼はいつも自信がなさそうにしていますし、口に出す言葉の端々にもそれが現れています。でも、羽磋が見ている限り、自分の仕事はしっかりとこなしているようですし、特に理亜のことでは目上の者に対しても言うべきことを言えています。自分が大事と思うことに対しては、自分の弱い心を乗り越えて、行動ができているのです。

「気弱で自信が持てていない人かもしれないが、優しい人だ。それに、大事なことはしっかりと守れる人だ」

 それが、羽磋の感じた王柔の人となりでした。

「この人なら、大丈夫だろう」

 羽磋はその様に考えて、皮袋を背中から降ろして足元に置くとその口を開きました。

「あれ、どうされました。羽磋殿」

 王柔のその問いには答えずに羽磋が袋から取り出したものは、兎の顔を模した木の面でした。それは、讃岐村を出る際に父である大伴から譲り受けたものでした。兎の面の内側には幾つもの名前が刻まれており、その最も新しいものは、大伴が小刀で刻んだ「羽磋」でした。現在の持ち主が新しい持ち主の名を刻んで継承するこれは、月の民の中でも、主に月の巫女に関する祭祀を司る一族である秋田に限って、伝わっているものでした。

 この面の羽磋の前の所有者は大伴でしたが、その前の所有者は讃岐村の翁と呼ばれる造麻呂でした。造麻呂と大伴とは、大伴が青海に潜む龍の球を取る旅に出たときに造麻呂が手助けをしたという仲でした。ですから造麻呂は、烏達渓谷での戦いで弱竹姫が月の巫女の力を使った祭祀に直接かかわった秋田ではありません。でも、「自らが手助けをした結果があの悲劇につながったことに間違いはなく、大伴を深く悲しませることになってしまった」と、深く後悔をしていました。

 そのため、大伴から「弱竹姫を月に還らせるために月の巫女の秘儀を調べたい、もう月の巫女の悲劇を繰り返したくない」との思いを聞かされた時に、秋田として自分が持っている知識と共にこの面を彼に授けたのでした。

 大伴と共に月の巫女を月に還らせる活動を始め、新たな月の巫女が地上に誕生することに注意を払っていた造麻呂、すなわち、讃岐村の翁が、感じ取った兆しを基に聖域である竹林で拾った赤子が、竹姫、すなわち、輝夜姫でした。

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