コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】ボクたちはナンバーワンでもオンリーワンでもなかった

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 晩秋の夕方は短い。

 ボクが下宿先に帰ろうと大学を出た頃には、既に空は暗くなっていた。

 駅までの道程では、昔から学生向けに営業をしている喫茶店や古本屋が、チェーンの牛丼屋やカレー屋と軒先を並べている。店先で明るいオレンジ色や赤色が目立っているのは、ハロウィーンやクリスマスに向けての装飾のようだ。

 楽しそうに大声で笑いながら数人の男たちが居酒屋に入っていく。アルコールを呑む前から意気揚々の様子だ。あの感じだと呑まないでも十分に毎日が楽しいだろうに。これからビールをジョッキで煽りながら、忘年会の相談や年末のイベントの調整でもするのだろうか。

 通りの下の方から、揃いのスポーツウエアを着た女性たちの集団が上がってきた。みんな自分の身体ほどもある大きなカバンを担いでいる。ずいぶんと使い込まれたカバンには大きな文字で大学の名が刺繍されている。きっと、試合を終えて大学へ戻る運動部の人たちだ。試合の高揚感がまだ抜けていないのか、彼女たちは通りにいる他の人たちなど目に入っていないかのように大声で会話をしながら、通りの真ん中で塊になっていた。

 駅前には大きなパチンコ屋と不動産屋が派手な幟を何本も立てている。その二軒の間には、小さな花屋が鉢植えや背の高い観葉植物を店先に並べ、懐かしいJ-POPを流しながら営業している。足早に駅へ向かうボクからは、パチンコ屋の前にとめられている自転車の陰に隠れて植物の姿は良く見えなかったが、聞き覚えのあるその曲だけは耳に入ってきた。

 時間のせいか、通りを歩く人の数がとても多い。

 時節のせいか、通りにはみんなの活力が溢れている。

 背中に当たる風が冷たく感じられて、ボクはブルブルッと身体を震わせて駅の中へと急いだ。

 

 

 車内に入るとボクは出入口の近くに立ち、ボーと外を眺めていた。

 住宅地の中を走り抜ける電車の窓の外には、幾つもの明かりが現われ、そして、消えて行った。そのほとんどの明かりの下にはそれを点けた人がいるのだろうと思うと、それ以上明かりを目で追うのがしんどくなってきた。ボクは視線を上にあげて、唯一知っている星座であるオリオン座を探すことにした。

 ボクの頭の中では、駅前で聞いた音楽が何度も繰り返されていた。

 ずいぶん前に大流行した曲。みんなは「この曲に救われた」、「ホッとさせられた」と、口々に賞賛をしていた。

 だけど、ボクはこの曲が苦手だ。この曲を聴くと、とてもしんどくなるんだ。

 付け加えると、大学前の通りのような活発な雰囲気も、ボクには向いていない。あの中では、ボクはボクでいられない。あの中では、ボクは僕であるために力を使い続けなければいけない。

 そうだ、あの曲もあの雰囲気も、ボクにとっては海のようなものだ。その中にずっといると、いつか溺れて死んでしまう。

 

 

 自宅の最寄り駅はとても静かな駅で、周辺には小さな薬局やコンビニがあるものの、数分も歩けば住宅地の中だ。駅を出たボクは、両手を擦って温めながら細い路地の中へ入っていった。

 昭和の時代から立っているような学生向けのアパートが僕の下宿先だ。

 集合郵便受けの自分の扉を開ける。錆びた扉が上げる軋んだ音を毎回聞くのも憂鬱だけど、たまに必要な郵便物が届くことがあるから、チェックだけはしとかないといけない。

 冷たい風が吹いている。早く自分の部屋に帰りたい。

 ボクは郵便受けに入っていたものをガシッと掴むと、何かに追われるように、足早に階段を上がった。

 

 

 はあああ……。

 玄関に入ったボクは、靴を脱ぐ前から大きな息を吐いた。

 手に持っていたものを床にバッと投げ散らかす。

 ふと、あるチラシに目が留まった。

 クリスマスに向けて配っているのだろうか。キリスト教系の教会が出しているチラシだ。

 そこには、こう書かれていた。

「神は自らに似せて人を作られました。ですから、皆さんは全て生まれながらに神の子なのです」

 急にボクの耳にあの音楽が聞こえてきた。大学の駅前で聞いた、ボクが苦手なあの曲だ。

 そうだ、そうだよ。

 みんなは、あの曲でホッとできたかもしれないが、ボクが救われるのはこのような言葉にだ。

 だって、そうだろう。

 ナンバーワンにはならなくて良いかもしれない。

 だけど、オンリーワンであるのもしんどいじゃないか。

 人と違わなければいけない、ボクがボクだけのものを持っていなくてはいけないなんて、辛いじゃないか。

 もともと特別であったとしたら、今ボクがこんなにも苦しいのはボクのせいなのか。

 でも、この言葉はそうではないと言ってくれる。

 誰かと同じだって良いんだ。ナンバーワンでもオンリーワンでも特別でなくても良いんだ。

 何故って、ボクたちは、生まれながらにニセモノなんだから。

 

 

 ボクの背中を打っていた冷たい風が止んだのは、部屋の中に入ったからだけではなかった。

                                   (了)