コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第262話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第262話】

「王柔殿、理亜! 危ない、それから離れてっ!」

 咄嗟に羽磋は、二人に青色の球体から離れるようにと大声を出しました。

 でも、王柔と理亜はその球体の前で抱き合いながらも、逃げ出そうとはしません。どうしてでしょうか。羽磋は視線を奥へやりました。間違いありません。濃い青色の球体の姿はどんどんと大きくなってきています。こちらへ近づいて来ているのです。いまではその球体が発する気が強風の様にこちらへ吹き付けられているのが感じられます。そしてその気は強い怒りを含んでいるのです。

 逃げなければ。ここから、逃げなければっ!

「どうしたんですか、王柔殿っ」

 強い焦りを感じながら、羽磋は二人の元へ走り寄りました。

 すると、王柔たちの様子が自分の思っていたものと違っているのに、羽磋は気が付きました。離れたところから、しかも、グルグルと蠢く濃い青色の球体内部の嵐を背景にした状態で二人を見ていたものですから、王柔が理亜を抱きかかえている様子を見て、彼が理亜を守ろうとしているのだと考えていました。

 でも、違ったのです。

「オカアサーンッ! ここだヨッ、ここだヨッ!」

「駄目だ、理亜、駄目だ! 行っちゃ駄目だよっ!」

 なんと、理亜はその恐ろしい球体に向かって「オカアサン」と呼び掛け、さらに、そちらに向かって走り出そうとしていたのです。その理亜を王柔が抱きかかえるようにして、何とかその場に押しとどめていたのでした。

 羽磋は二人のところに辿り着くと、すぐにその両手を理亜の身体に回しました。

 丘の下で、羽磋には「ひょっとしたら」と思いついたことがありました。そのことからすれば理亜の「オカアサン」という言葉は、不自然ではないのかもしれません。それでも、あの激しい嵐を内包した濃い青色の球体に近づいていこうだなんて、あまりにも危なすぎます。

「あ、ああ。羽磋殿、来てくれたのですかっ。理亜が・・・・・・、ハァ、あの、あれに、向かって・・・・・・。ハアッ」

「大丈夫です、王柔殿。わかりますっ! でも、ここは危ないです、逃げましょうっ!」

 理亜を押しとどめるために全力を傾けていて、これまでは羽磋が丘の上に登ってきたことにも気づいていなかった王柔でしたが、羽磋の力が加わったたことで、ようやくそれに気づくだけの余裕が生まれました。それでも、王柔の呼吸は大きく乱れていて、少しずつ言葉を絞り出すのがやっとの状態でした。

 羽磋は王柔にそれ以上しゃべらせるのは申し訳ないと思い、彼の言葉を途中で遮って「状況はわかった。でも、ここは危険だから逃げよう」と伝えました。球体の近くに来たからか、現実の風か負の気の流れかわからないものがゴウゴウと身体に吹き付けられて、しっかりと力を入れていないと吹き飛ばされそうに感じられます。王柔へ呼び掛ける声も、自然ととても大きなものになりました

「アレは危ないっ。一刻も早くここから逃げないとっ」

 いま王柔に呼び掛けたばかりなのに、もう既に羽磋の心は焦りがどんどんと大きくなっていました

 ところが、彼らがその場から逃げ出すことは、簡単にはできませんでした。

 それはどうしてでしょうか。これまでは、理亜が濃青色の球体の方へ行こうとするのを、王柔が抱くようにしてこの場に留めていました。そこへ羽磋が到着したのです。小さな女の子がいくら必死になって走って行こうとしたとしても、男二人の力があれば、それこそ、その体を持ち上げて担ぎ上げでもして、この場から逃げ出すことはできるのではないでしょうか。

「羽磋殿ぉっ!」

 王柔が悲鳴にも聞こえるような苦しげな声を出しました。

 王柔は肩の痛みなど完全に忘れて理亜を押しとどめていたのですが、ここに来て彼女が走り出そうとする力がどんどんと強くなってきていたのです。

 如何に理亜のことを心配している王柔であっても、やはり体力には限界があります。

 グイッグイィッと、理亜が自分の身体に絡みつく王柔の腕を押しのけようとする度に、王柔は身体中から力を集めてそれに対抗しなければならないところまで来ていました。あともう少し時間が経過すれば、王柔の力は増々衰え、反対に理亜の力は増々強くなって、彼女は彼を振り切って走り出していたことでしょう。

 羽磋が二人のところに辿り着きその力が加わったのは、そのようなギリギリの時だったのでした。

 そして、いま。

 新たに加わった羽磋の力に対抗するように、理亜が足や腕に込める力がさらに大きくなったのでした。

「オカアサアーンッ」

 理亜の口から大きな声が飛び出ました。彼女が呼びかけた先は、目の前に迫って来ている濃青色の大きな球体でした。

 ブルウウン。バワアア・・・・・・。

 理亜の言葉を聞いて喜んだかのように、あるいは、その言葉に奮い立ったかのように、球体の外側が不規則に波打ちました。その内部でグルグルと渦巻いている濃青色の雲からピカァピカァッと強い光が漏れ出ました。

 そして、それはさらにこちらに近づいて来る速度を上げました。ユラユラと漂っているのではありません。丘の上に立った羽磋には、自分たちのいるところを目指してそれが空間を進んで来ていることが、はっきりとわかりました。