コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】 友達提供サービス

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「それでは、この仕事の内容について概要を説明をしますが、まずはお名前をお伺い出来ますか。」

 昌彦は、正面に座る女性に声をかけた。といっても、実際に女性に会っているわけではない。ネット上における、アバターを使った面接だからだ。面と向かって面接を行うことなど、ずいぶん昔のことだ。

「河瀬美紀と申します。」

 女性の名前をメモリーすると、昌彦は仕事の説明に移った。

「まず、この仕事は、直近の技術革新の結果可能になった新しい仕事だということをご理解ください。我々の顧客は、包括的契約をなさっているユーザー様です。これまでの一方的なアプローチから双方向的なアプローチに進化したところが、我々のビジネスの強みです。」

「双方向と言いますと、どのようなことなのでしょうか。」

 昌彦の説明に対して、オンタイムで河瀬のアバターから返答がなされる。昌彦も、即座に答えを返した。

「我々のビジネスは、平たく言うと「お友達提供サービス」です。ご存知のように、このようなサービス自体は、以前から存在します。ユーザー様が入力を行い、それに対して企業側が友達として返答を返す、というビジネスモデルです。」

「はい、知っています。」

「ありがとうございます。これはあくまでもユーザー様が入力を行ったことに対するレスポンスにとどまっており、やがては飽きられてしまうことが多いものでした。現実世界では、ユーザー様の意図しないアプローチが、たくさんユーザー様になされます。その中で、ユーザー様からアクションを起こさないと成り立たない関係というのは、やはり現実味がないと思われて仕方ないものでした。

 しかし、IT技術の発展と当社の独自メソッドの活用によって可能となったのが、双方向的アプローチです。つまり、ユーザー様からのアプローチを待たずに、こちらからメールやSNSなどを用いて、どんどんとユーザー様にアプローチをしていくということです。」

「でも、自分が登録した会社からのメールやSNSがあっても、一番最初のきっかけがユーザー様か会社側かという違いだけで、あまりこれまでと変わりがないんじゃないですか。」

 河瀬は、遠慮がちに質問を返す。

 それに対して、昌彦は、自慢げに力を入れて答えた。

「まさに、おっしゃるとおりです。そこで、当社はユーザー様と包括的な契約を結ぶことといたしました。つまり1年契約ならその1年の中で、ユーザー様に素晴らしい出会いをこちらから積極的に提供するのです、それとわからないようにして、です。ネット上では、出会いがあったとしても、それが自然に発生したものか当社が提供したものかは全く分かりませんからね。もちろん、会話はユーザー様からの入力に対する返答ではなく、あらかじめいただいたユーザー様のご趣味等をもとに、こちらから積極的に行うのです。ご承知のように、この点では近年のコンピューター技術の飛躍的な発展、疑似人格プログラミングの開発・認定などが役に立っています。」

「なるほどー。」

 河瀬はびっくりした様子だ。確かに、発想の転換ではある。過去、ネット上で男性が女性に、あるいはその逆になりすますという問題が発生したように、回線の向こう側に誰がいるかはわからない。また、誰かがSNSなどを通じて自分にアプローチをしてきた場合でも、そのきっかけが何だったかなどは全く分からないのだ。

「でも、そんなに上手く素晴らしい出会いを提供できるものですか? それに、契約期間が切れたらその関係も終わりになりますよね?」

 当然の疑問だ。そして、当然の疑問は、すでに解決済みの疑問でもある。

「我々はなにも、現実世界での結婚相手を提供するという契約を結ぶわけではありません。ただ、仮想現実上の素晴らしい友人関係を提供するだけです。そして、大抵の場合、人は自分に好意を寄せてくれる人、自分を評価してくれる人に対して好感を持つものですよ。それと、もう一つ、契約期間についてですが、このサービスの場合は、契約を更新される方がほとんどです。考えても見てください。自分が契約を更新しないと、自分のネット上の友人の誰かが音信不通になるかも知れないのですよ。」

 河瀬は昌彦の説明を理解し、仕事に興味を示したようだ。

「御社の業務内容はよくわかりました。それで、私の仕事というのはどのようなものになるのでしょうか」

「ざくっと申し上げると、ユーザー様に対して積極的な友人関係を提供する、その部分をお願いしたいと思います。詳しい業務内容や賃金等の詳細は別添の資料をお読みください。」

 河瀬はおおむね納得したようだが、一つだけ質問を付け加えた。

「あの、こんなこと聞いていいものかなんですけど。」

「どうぞ、遠慮なくお聞きください。」

「あくまでも、ネット上でのお仕事なんですよね、つまり、ユーザー様から実際に会ってほしいとか言われた場合……。」

 昌彦は慌てて答えた。よくある心配だが、これがために採用に至らないケースも多いのだ。

「ああ、ご心配無用です。当社が提供するのは、あくまで仮想現実でのサービスです。もちろん、プレミアムコースとしてVR機器を用いた出会いを提供する場合がありますが、河瀬さんがそれを望まないのでしたら、VR無しでの労働契約も可能ですよ、お給料はVR有りの方が高いですけどね。はははっ。」

 昌彦の説明に河瀬は安心したようだ。添付書類をよく読んで労働契約内容を検討してから連絡すると昌彦に話して退室したが、昌彦は河瀬の氏名を採用予定者リストに保存することにした。

「やれやれ、なんとか一人採用できそうだな。どうしても、ユーザー様にお会いするとなると……というところが一つの壁なんだよなぁ。最近では、データをダウンロードしたアンドロイドでユーザー様にお会いするという裏サービスを始めたライバル社もあるらしいが、まだまだ、アンドロイド筐体は高いしな…。」

 

 ガチャッとドアを開ける音がしたと思うと、年のころは初老に差し掛かったと見える身なりのいい紳士が部屋に入ってきた。

 3、4個机を並べればいっぱいになるような小部屋である。部屋の真ん中にはローテーブルと長椅子の応接セットがある。部屋の奥の窓際にはデスクが一つ置かれている。デスクの上にはワークステーションが設置されていて、男が入ってくる前から、本体の動作ランプが点灯し続けている。

「調子はどうだ、昌彦。」

 部屋に入ってきた男は、スーツをハンガーに掛けながらワークステーションに語りかけた。

「ああ、順調だよ父さん。今日も就職希望の疑似人格プログラムが一つあったよ。でも、疑似人格プログラム保護法ができてから、めんどくさいよね。父さんの時代は、プログラムを作ったらそのまま仕事に使えたんでしょ。今では、ある程度以上の機能を備えたプログラムには人格権が設定されているから、採用の手続きを踏まないといけなくてさ。」

 初老の紳士の問いかけに、ワークステーションに付属するスピーカーから返答の声が発せられた。初老の男は口元に苦笑を浮かべた。

「他人事のように言うな、昌彦。お前も私の息子として人格権を認められた疑似人格プログラムではないか。」

「そうだけどさ。でも早く企業規模を拡大して、もっと儲けて、僕をダウンロードして歩き回れるアンドロイドを購入したいね、父さん。」

「ああ、そうだな。」

 温かみ溢れる親子の会話。

 初老の紳士は、いつものようにデスク前の椅子に腰を下ろした。

 3、4個机を並べればいっぱいになるような小部屋である。部屋の真ん中にローテーブルと長椅子の応接セットがあるが、長い間使われた形跡はない。部屋の奥の窓際には年季の入った大きなデスクが一つ置かれている。デスクにはワークステーションが設置されていて、紳士が席に着くと嬉しそうにディスプレイを点灯した。

                      <了>