コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第28話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。二人は無事に駱駝を捕まえたものの、ハブブと呼ばれる大砂嵐に襲われます。竜巻に呑み込まれようとする中で、二人はお互いを守ろうとそれだけを祈るのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読めます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。

【羽】(う) 竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さから羽と呼ばれる。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第28話】

「お願いです、輝夜は、輝夜だけは、お願いです!」

 そう大きく叫んだと同時に、羽は目を開きました。いったいどのような夢を見ていたのでしょうか。目が覚めたばかりだというのに、羽は酷い疲れを感じていました。意識がまだはっきりとしないまま、羽は、ゆっくりと上半身を起こして辺りを見回しました。

 最初は、羽は自分がどこにいるのか全く分かりませんでした。頭を振りながら記憶を呼び覚ましますが、もどかしいほど少しづつしか、それは形を作ってはくれませんでした。

「俺は、今、どこにいるんだ」 

 羽は、もう一度、始めから状況を確認することにしました。まずは‥‥‥、そうです、自分はハブブの砂嵐の中にいたはずなのですが、今は、砂漠の砂の上にではなく、天幕の下で敷布の上に横たえられていました。それに、自分の傍らには、駱駝がいたはずですが、周りには何もいませんし、そもそも、ああ、そうです、夜だったはずなのに、今は天幕の入口から中へ明るい日の光が差し込んでいます。

 自分の右手を振ってみます。動きます。ゆっくりと起き上がってみます。起き上がることができます。どうやら、どこにも怪我はないようです。

 いったい自分は何をやっているのか、自分でもよくわかりません。それよりも、もっと大事なことがあったはずです。そう、自分の事よりももっと心配な存在があったはずです。

 羽は、記憶をたどりながら自分の心に問いかけました。なんだろう、このもやもやとした感じはなんだろう。そうだ、自分は逃げた駱駝を追ってバダインジャラン砂漠に行き、ハブブに遭遇した。そして、逃げきれずに竜巻に襲われたんだ。自分は輝夜を守ろうとして、駱駝を・・・・・・、輝夜? そうだ、輝夜だ、輝夜は大丈夫なのか?

 羽の目に光が戻ってきました。頼りなげにふらついていたその身体に力が入りました。ようやく、羽の心にかかっていた靄が晴れてきたようでした。

 羽は、普段は未婚の成人男性が使用している広い天幕の中に、一人で寝かされていました。自分がなぜここに寝かされているのか、どうやって宿営地まで戻ってきたのかについては、全く思い出せなかったのですが、一度輝夜姫のことを思い出してしまうと、それについては全く考えが及ばなくなりました。今、羽の心の中を占めているのは、輝夜姫の身を案ずる気持ち、それだけでした。

 自分が寝かされていた天幕は未婚の男性が使用するものです。当然、輝夜姫は未婚の女性が使用する天幕にいるはずです。そう考えた羽は、天幕を飛び出しました。

 宿営地には未婚の男性、女性がそれぞれ使用している天幕のほかに、家族ごとに使用している小ぶりな天幕が幾つも立てられています。それらは隣り合わせで立てられているのではなく、少し離れてぽつんぽつんと立てられています。また、夜の間、羊や駱駝などを入れておく牧などもつくられているため、一口に宿営地と言ってもかなりの広がりがあるのです。

 未婚の男性用の天幕と未婚の女性用の天幕は、宿営地の両端に立てられていたので、羽は広い宿営地を横断しなければなりませんでした。

「ああ、羽、良かった。目を覚ましたんだね。身体はもう大丈夫なのかい」

 ちょうど宿営地の中心近く、大伴の家族が過ごす天幕の近くで羽は声をかけられました。振り向くと、その声の主は羽の母、有隣でした。ちょうど水汲みから帰ってきたところなのでしょう、両手で水瓶を支えていました。

「もう三日も寝たままだったから、心配してたんだよ。お前を連れ返ってきたあの人が大丈夫だというからには、大丈夫だと思ってはいたけどねぇ」

 有隣は、水を保管するための大きな壺に水瓶の水を移しながら、羽に話し始めました。元気を取り戻した息子の顔を見ることができてとてもうれしそうです。有隣の話からすると、どうやら、羽と輝夜姫、いや、ここでは竹姫と呼ぶべきでしょうか、羽と竹姫を宿営地に連れ帰ったきた大伴が、意識を失ったままの二人を見て慌てたり心配したりしている有隣たちに向けて「深い眠りについているようだが命に別状はない、大丈夫だ」と告げていたようでした。とはいえ、いくら信頼する夫が「大丈夫だ」と言ったとしても、目の前で自分の息子が前後不覚でこん睡状態であるのに、このように鷹揚に構えていられるものなのでしょうか。もちろん、当初は有隣もこのまま二人とも目を覚まさないのではないかとひどく心配し、二人の様子を見に男性用天幕と女性用天幕の間を、少しの間もおかずに何度も何度も往復していたのでした。

「三日、三日も俺は眠っていたのか。いや、それよりも、母上、かぐ、いや、竹は、竹は大丈夫ですか?」

 自分が三日も眠っていたことに羽は驚きました。有隣の話を聞くまで、時間の概念など全く頭になかったのです。しかし、今彼が最も気にかけていたのは、竹姫の身でした。自分が何日眠っていても良いのです。それこそ、ずっと眠っていたとしても、竹姫が無事であればいいのです。そのような気持ちが込められた羽の問いには、聴く人に訴えるとても大きな力がありました。

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