コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第43話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。砂漠で発生した大砂嵐「ハブブ」に襲われた二人は意識を失いますが、大伴に助けられます。宿営地で目を覚ました羽は竹姫の無事を確認しますが、なんと、竹姫は大事な約束を完全に忘れているのです。淋しさと怒りで羽は竹姫に傷つける言葉を投げつけて走り去りました。その羽と行き会った大伴は、話をするために彼をゴビへ誘い、そこで「羽磋」という名を贈って成人を認めると共に、大事な話をし始めるのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。羽磋に「輝夜」の名を贈られる。

【羽磋】(うさ) 成人前の名は「羽」。竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さからと呼ばれていた。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【至篤】(しとく) 大伴の遊牧隊に参加している女性。竹姫や羽に姉のように接している。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。少女の頃の名は温姫(おんひめ)

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第43話】

 少しの間、二人の間を重い沈黙が支配していました。高台を吹き抜ける風のほかは、空気を震わせるものは誰もいないようでした。

 自分の心の中深くに潜って、必死に考えを巡らせていた羽磋は、あることに気が付きました。

「月の巫女の力の行使」の代償として、竹姫は記憶と経験の一部を失い、その結果、数日前の身体に戻った。それは、右腕の酷い怪我がまったくなくなっていることからわかります。でも、そうだとしたら。もし、万が一、そうだとしたら。本当に「記憶」を失っていたのだとしたら。

 ああ、それならば、砂漠で交わした話や二人の約束、そして、羽磋が贈った「輝夜」の名前を、竹姫が忘れてしまったとして責めることが、どうしてできるのでしょうか。「力の行使」の代償は、身体の傷さえもなかったことにする、人知を超えた不思議なもの、人が逆らうことなど考えることさえ出来ないもの、なのではないでしょうか。それを、あたかも「竹姫が二人の約束や輝夜の名前を軽んじていたので忘れてしまった」と決めつけて、自分は彼女を非難し、あまつさえ、傷つけるための言葉さえも投げつけてしまったのではないのでしょうか。

 羽磋の目に浮かんでいるのは、あの時の竹姫の姿でした。自分にはまったく覚えのないことに対して、怒り憤る羽磋に、困惑する竹姫。そして、羽磋が投げつけた「竹姫」という呼びかけを聞いた時の、これまで見せたことのない悲しそうな表情‥‥‥。そして、竹姫にそのような顔をさせたのは、他の誰でもない羽磋自身・・・・・・。

「ごめん、ごめんよ、竹・・・・・・」

 今まで、羽磋は竹姫との行き違いについて、思い返すことを避けてきました。それは、大伴の発した「二人は高熱のため倒れていた」という言葉への疑問や、自分の成人のことなどが頭の大部分を占めていたということもありますが、「言い過ぎた」、「あそこまで言うつもりは無かった」という後悔や、竹姫が大事なことを忘れていたことへの自分の哀しみに、もう一度向き合う必要が生じるからでした。しかし、大伴の説明を聞いた今、羽磋は自分の行いを見つめ直す必要に迫られていたのでした。

「竹は悪くなかった。竹は忘れていたわけじゃなかった。竹は、竹は‥‥‥。それなのに、俺は‥‥‥」

 

 大伴は、下を向き自分自身と向き合っている羽磋の口から出た言葉、幾つもの思いが重なっているかのような乾いた声で絞りだされた言葉を、聞かなかったことにしました。

 羽磋と竹姫の間で何やら行き違いがあったことは、羽磋から聞いた話の中に出てきましたが、その詳細な内容までは聞いていませんでした。気にならないといえば嘘になりますが、そこは、羽磋と竹姫、二人の間の話。父親と言えども、聞くべきではない話だ考えたのです。ただ、そう、心の片隅に書き留めておいて、いつか、羽磋と酒を酌み交わす機会がある時まで、それが笑い話になる時まで、取っておけばいいだけの話ではないでしょうか。

 それに、大伴には、まだ羽磋に伝えなければいけない大事な話があったのでした。大伴は、目の前にいる自分の事すら忘れて心の中の竹姫と会話をしているような羽磋に声をかけ、現実に引き戻しました。

「羽磋、お前は気付いてるか。大事なことだ。心して聞いてくれ。いいか、まだ、竹姫は月の巫女として正式に認められたわけではないが、既に、月の巫女の力を発現している、お前と自分の命を守るためにな」

「はい、そうです。それなのに、俺は‥‥‥」

「お前が何を悔やんでいるかは知らぬが、今はそれは置いてくれ。良いか、その力の発現により、竹姫は数日前に戻ったと考えられる。それでだ、もし、竹姫が、もっと大規模に月の巫女の力を使うことになればどうなる」

 大伴の問いに対して、羽磋は考えを巡らせました。

 竹姫は、砂漠の中で使った力の代償として、数日前に戻りました。そして、大伴は言いました、そのような力の行使に対する代償の最たるものが‥‥‥。いや、まさか。

「父上、まさか」

「気が付いたか、羽磋。そうだ、弱竹姫と同じだ。もし、竹姫がもっと大規模に月の巫女の力を使うことがあるとすれば、その代償として竹姫は」

 大伴は、そこで言葉を切りました。大伴としても、その言葉は使いたくなかったのです。しかし、その決定的な言葉を使わずとも、この深刻な状況は羽磋にも伝わっているはずです。「竹姫も消えてしまう」ということは。

「まさか、まさか、そんなことが‥‥‥」

 弱竹姫の話を聞き、月の巫女の秘密を知った羽磋の心を大きく占めていたのは、先ほどまでは、竹姫を傷つけてしまったことへの後悔でした。目の前にあるそれに余りに気を取られていたために、この本質的な危険についてまでは、羽磋の考えは至っていなかったのでした。しかし、確かに大伴が言うように、弱竹姫と同じような悲劇が竹姫の身の上に起こり得ないと、いったい誰が言えるのでしょうか。

「竹が、まさか、竹が、そんな。いや、父上、そのようなことが本当にあるのでしょうか」

「大丈夫だ、そんな危険はない」という返事を期待するかのような羽磋の言葉でしたが、大伴の返事は厳しいものでした。

「残念ながら、ある。あるのだ、羽磋」

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