コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第71話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

 

 

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【第71話】

 奴隷たちの言うことから、寒山にもおおよその状況が掴めてきました。どうやら、奴隷の少女が体調を崩して歩けなくなってしまったようでした。それを護衛隊の男が何とか歩かせようと槍の尻で小突いたりするのを、王柔がやめさせようと割って入ってきたところから、激しい言い争いに発展してしまったようでした。

「確かにあの奴隷の子は、少し前に調子が悪そうにしていたな。おおそうだ、王柔とかいう案内人が、旅の始めからしばしば奴隷の集まりの方へ足を運んでいたのは、あの子が目的だったのか」

 交易隊の隊長という役目から、寒山は交易隊全体としての行動を管理すると共に、交易隊員や荷物についても、細やかな注意を払っていました。

 その寒山の記憶によると、たしか、奴隷の子は、ヤルダンに足を踏み入れる直前に、一度酷く調子を悪くしていました。その時は、高熱を出していたようなので、奴隷を管理する役目の男に注意をするように伝えていましたが、ヤルダンに入ってからは体調を回復したようだと報告が上がって来ていました。

 また、吐露村にある王花の酒場で、初めて寒山は王柔を案内人として紹介されたのですが、村の外に待機していた交易隊と合流した時に彼が見せた驚きの表情を、十数日経った今になって、改めて思いだしたのでした。それは、案内人が見せる表情ではなくて、素の人間の感情が表に現れたものだったので、とても印象に残っていたのでした。

 交易隊が土光村へ向けて露土村を出発してから、休憩や野営の度に、王柔は奴隷の連の方へ足を運んでいました。それは目立たないように注意深く行われていましたが、隊全体に注意の目を配っている寒山には、把握されていたのでした。今にして思えば、王柔が当初見せた驚きの表情は、奴隷の中にあの子を見つけたからだったのかもしれませんし、その後の彼の行動も、その子が気になってのものかもしれません。もっとも、頭布を巻いている月の民の王柔に対し、奴隷の子は顔立ちからして異民族ですから、何らかのつながりがあるとも考え難いのですが・・・・・・。

 いずれにしても、このままヤルダンの中で留まっているつもりは、寒山にはありませんでした。

 奴隷が歩けないというなら、歩かせるまで。

 それが寒山たちの通常の感覚でした。

 彼らが生まれたときから、社会には「奴隷」という者が存在していましたし、ましてや、月の民は、月から来た者を祖とする民として、自らを特別なものと考えていました。ですから「奴隷」を自分たちと同じ人間だと考える感覚が、そもそも、無かったのでした。彼らにとって、奴隷とは、羊や駱駝を追いその毛や肉を加工するための大事な労働力ではありましたが、決して同じ民の一員ではなかったのでした。

 そのため、寒山がこの場を治めるために、奴隷をかばいたてする王柔を排除して、無理やりにでも奴隷を立たせようとしたことは、彼らの文化からしてみると当たり前のことでした。

「こら、案内人。お主の役割はここで奴隷の前に立つことではなく、隊の先頭に立って導くことであろうが。そこをどけっ」

「いえ、隊長殿。この子はもう歩けません。少しでも休ませてやって下さいっ」

 皆の視線を集めながら寒山が放った言葉に対して、王柔は正面から反論することはできませんでした。それは、彼らの理屈では、寒山の言うことが正しいことが、王柔にもわかっていたからでした。でも、それでも、王柔には、黙ってここを去ることが出来ませんでした。彼の背で座り込んで苦しそうにしている、あの子のことが心配だからでした。

 王柔は、寒山に向って、反論ではなく懇願を行いました。気の弱い彼には、それしかできなかったのでした。

「お願いします。少しでも、少しでも休ませてやってください・・・・・・」

「くどいっ。くどいぞっ、案内人!」

 ビリビリビリッと空気が震えるような、寒山の声でした。周囲では隊員や奴隷たちが、ざわざわと小声で話をしながら見守っていたのですが、寒山の気迫に押されたのか、その話し声は瞬時に止んでしまいました。

 ザアッと、ヤルダンを吹き抜ける風の音が、交易隊を包みました。

 王柔は、王花の盗賊団の一員ではありましたが、決して荒々しい男ではありませんでした。そのひょろっとした体格からもわかるように、戦いに慣れた男でもありませんでした。むしろ、非常に気弱な男であり、荒事に向かない性格だからこそ、王花の盗賊団の中でも、他の盗賊団との縄張り争いやしきたりに従わない交易団との戦いに駆り出されることのない、案内人という役割が割り振られているのでした。

 その彼が、寒山のような歴戦の強者の一喝を受けたのです。それは、冬山で生じる雪崩を正面から受けたような、恐ろしい気迫と圧力でした。これが、あの子のこと以外のことであれば、例えどのようなことであっても、王柔はたちまち寒山の意に沿って行動をしたことでしょう。

 でも、あの子のことだけは。これだけは、どうしても・・・・・・。

「隊長殿、隊長殿・・・・・・どうか、どうか・・・・・・、お願いです・・・・・・」

 王柔は、身体や足元が震えるのを隠すことも出来ないほど怯えていましたが、それでも、その場を去ることをしませんでした。それどころか、彼を知る人が聞いたらとても信じられないことなのですが、お願いの言葉を口にしながら、馬上の寒山に向って近づいて行ったのでした。

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