コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第134話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第134話】

「今からだと、騎馬の者だけでヤルダンに入るというわけにもいかねぇなぁ。陽が落ちちまう。仕方ねぇな、隊全体で行けるところまで行って、そこで野営するとするか」

 冒頓は日の傾き加減を見て、そう決めました。

 王柔の話を聞いている間に、幾ばくかの時間が過ぎていました。まだ、夜になるまでには時間があるものの、騎馬の者だけで先行してヤルダンに入るには、もう難しい時間帯になっていたのでした。

 また、王柔の話を聞いてみて、冒頓の頭の中には、一つの考えがぼんやりと浮かんできていたのでした。それについてもう少し考えてみたいという思いが彼の中にあったので、無理をしてでも今すぐにヤルダンに入るのではなく、一晩考える時間を取ってからヤルダンに入ることにしたのでした。

「ようし、隊列を組みなおせ。ヤルダンに向って出発するぜ! 騎馬の者も交易隊の動きに合わせて進むことにするから、陽が落ちるまでにヤルダンに入ることはできねぇ。適当な場所を見つけて、今日は野営をする。ヤルダンには、明日入ることにする」

 隊長の指示が出たことで、ぴりっとした緊張感が走る隊員の顔を見回しながら、冒頓は続けました。

「ひょっとしたら、進んでいる途中や野営の際に、また奇岩に襲われるかもしれねぇ。だが、心配すんな。お前らももうわかっただろう。あいつは、獣や野盗と一緒だ。射れば倒れるし、突けば崩れる。まぁちっとは苦労するかもしれねぇがな、油断しなけりゃ大丈夫だ。しっかり気を引き締めていくとしようぜ!」

「おおぅ!」

 隊員の中に残っていたかもしれない不安は、冒頓の力強い言葉でかき消されました。たとえ襲い掛かってくるものがヤルダンの奇岩という不思議な存在であろうが、自分たちの力が通じるものであることは、先程の戦いで証明されたのではないでしょうか。

 護衛隊と交易隊の各員が上げる大きな声が、冒頓の声に重なりました。隊の行動は決まったのでした。

 しかし、この時に、冒頓の考えから抜け落ちていたものがあったのでした。

 いつもの彼であれば、ひょっとしたら、その事にも気がついていたかもしれません。でも、彼の考えの一部は王柔の話を分析することに向けられていたので、その事にまで考えが及ばなかったのでした。

「ああ、くそっ。なんで俺は、あの時にそのことまで考えなかったんだ」

 後に冒頓は、その事を強く悔やむことになるのでした。

 

 

「・・・・・・ア・・・・・・イツ、アイツ・・・・・・、ジャマだ・・・・・・」

 恐ろしいまでの強い怒りが、その場所には巻き起こっていました。

 ゴビの赤土の上にいくつもの大きな砂岩が転がっているその場所では、勢い良く吹き抜けた風が、獣の叫び声のような奇妙な音を立てていました。太陽が送り出す強い光に長い期間さらされていたためか、そこにある砂岩の一部は、赤茶色の色が抜けて太陽の光の色に近い黄色になっていました。その風や砂岩が、強い怒りの伝播によって、ビリビリと震えているかのようでした。

 乾燥と灼熱という厳しい環境であるゴビの砂漠とは言え、そこには環境に適応した生き物がおりますし、翼ある生き物はそれを捕らえんと上空から目を光らせています。

 しかし、あまりに強い怒りが生じたからでしょうか。いつもなら、日光を避けて夜になってから活動するサバクトカゲも砂の中からその姿を現わして、水面を泳ぐようにするすると赤土の上を走って、その場所から離れていきました。また、獲物となるものを探して上空を旋回していたハイイロヒゲワシは、何かに怯えたように急に方向を変えて飛び去って行きました。

 あまりにも強い怒りは形となって実存し、太陽の光や風の動きでさえも遮ってしまうのかもしれません。その一角は他の場所に比べてどこか暗く、そこを通り抜ける風はひどくゆっくりとしているようでした。

 その場所こそが、王柔たちが目的としている場所、ヤルダン魔鬼城の一角にして、「母を待つ少女」の奇岩が立つ場所なのでした。

 もちろん、そこにどこからかの交易隊や旅人がいるというわけではありません。そのような無人の場所で、誰かが誰かに怒りを覚えることなど、あろうはずがありません。でも、そこに在る空気は確かに、日光に晒された砂漠の砂のように熱い「怒り」を含んでいましたし、もし、そこを通る者があれば「アイツ、ジャマダ」という言葉さえもが、耳を通じてではなく心に直に響いてきたに違いがないのでした。

 オオオオ・・・・・・、ウウゥウウウ・・・・・・。

 いま確かにその場所で、低い唸り声が上がりました。

 ガラン、グァラン・・・・・・。

 焼けて黄色くなった砂岩の肌が割れて、大きな塊がいくつもゴビの上に転がり落ちました。転がった砂岩の塊の内の幾つかは、何かに引っ張られていくかのように、母を待つ少女の奇岩の方へと転がっていきました。そして、彼女が長く落としている影の中に入った塊は・・・・・・、ぐるぐると不自然に回転しだしたかと思うと、なんと自ら大きさや形を変えて、四つ足の獣へと変貌していくのでした。

 それこそは、王花の盗賊団を傷つけ、冒頓が指揮する交易隊を襲った、あのサバクオオカミの奇岩でした。

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