コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

これまでのあらすじ㉜(「月の砂漠のかぐや姫」第123話から第124話)

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 パソコンの不調により中断が長引いたため、再開にあたり第一話から中断したところまでの物語を、一度振り返りたいと思います。

「最初から読んでなかった」という方もこれで安心、すぐに本編に追いつけます!

 これからも、竹姫や羽たちと共にゴビの砂漠を旅していただけたら、作者としてこれ以上うれしいことはございません。

 よろしくお願いいたします!

 

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでもご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きどん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【あらすじ㉜】

「さぁて、どうするかなぁ」

 冒頓は、誰に聞かせるでもない言葉を、頭の上に向かって放り投げました。

「今日中には、何とかヤルダンの入り口にたどり着けそうです」

 案内人である王柔がそう言ったのは、襲撃を受ける前のことでした。

 予想もしないところで襲ってきたサバクオオカミの奇岩の群れは壊滅させました。苑の合図で自分の元に集まってきた交易隊や護衛隊の男たちの士気は、たいへん上がっています。

 でも、冒頓が見上げた空は、昼間に広がっていた目に染みるような青い色は薄れ始めていて、あと数時間で夜が来ることを彼に教えていました。

 当初の計画では、昼間に進めるだけ進んだ後でヤルダンの入り口近くで野営し、次の日の朝にその中に踏みこむつもりでした。

 しかし、このような襲撃のあとでは、ヤルダンの近くで野営をすることなど、とても危険なことにも思えます。

 では、此処で野営をした方が安全なのかといえば、そう言い切ることもできません。なぜなら、今まさに、ヤルダンの外、交易路の途中で奇岩に襲われたばかりなのですから、再び同じことが起こらないとも言い切れないのです。

 そもそも、ヤルダン自体にも一日で抜けることができないほどの長さがありますから、そのどこかで危険を承知の上で野営をしなければなりません。冒頓たちがこの不可思議な現象の原因とにらんでいる「母を待つ少女」の奇岩は、ヤルダンの東側、つまり、土光村側にありますから、うまく距離を測って行動すれば、ヤルダンの中で野営することなくその場所まではたどり着けそうなのですが・・・・・・。

 いつもならば、傍には副官の超越がいて、自分が思いついたままのことを口にしても、落ち着いた意見を加えてくれるのですが、ここでは自分一人で始めの考えから最後の決断までを行わなければなりません。

 如何に即断即決の冒頓と言えども、日頃はあまり感じることのない「焦り」という感情がチクチクと喉もとを刺してくるのを、煩わしく感じずにはいられませんでした。

 考えを巡らせながらぼんやりとあたりを見やっていた冒頓の目に止まったのは、理亜の姿でした。彼女は冒頓の向かい側で、王柔の隣に座っていました。襲撃の前までは「はんぶん、はんぶんなのー」と、お気に入りの鼻歌を歌っていたのに、いまでは立てた膝を両手で抱えてすっかりと大人しくなっていました。

「ああ、そうだ。王柔、さっきの戦いの間、お嬢ちゃんの様子はどうだった」

「はい、冒頓殿。僕たちは交易隊の皆さんと一緒に後方に下がりましたが、そこからでも戦いの様子は良く見えました。理亜にはあまり見せたくはなかったのですが、いつでも動けるように駱駝の上に乗せたままにしていたので、隠すこともできず・・・・・・。それで、あの恐ろしい戦いを見ていたせいか、すっかり元気をなくしてしまいました」

「そらぁ、まぁ仕方ねえな。それで、あのお得意の唄も出てこないってわけだ。そういや、王柔、あのはんぶんの唄はいったいどこで覚えたんだ。俺も月の民に来て長いが、あの唄は聞いたことがないぜ」

 二人のやり取りを横で聞いていた羽磋も、冒頓の言葉に合わせて王柔の方を向きました。彼も理亜が歌うあの唄が気になっていたのでした。それは、月の民で生まれ育った彼も知らない唄なのでした。

「ああ、あの唄ですか。あれは・・・・・・」

 冒頓の問いに王柔は応えにくそうにしましたが、彼と冒頓の間の力関係では、質問に答えないという選択肢はありえません。それで、王柔は、とても恥ずかしそうに首の後ろを掻きながら、ぽつりぽつりと理亜がその唄を覚えた経緯を話しだしました。

 

 

 それは、あの王花の酒場の奥の小部屋で話し合いがあった、次の日のことでした。

話し合いの中で冒頓に「お前はどうするんだ」と問われた王柔は、一晩中自分にできることは何かを考え続けました。そして、一つのことを思いついていたのでした。

 それは、理亜を連れて「精霊の子」を訪ねる、ということでした。

「精霊の子」とは、稀に生まれてくる、他の子供たちより発達の程度が遅かったり、周りの人との意思の疎通が困難だったりする子のことでした。彼らの中には、周りの人間とではなく精霊と言葉を交わしているような子たちもたくさんいましたから、人々は彼らのことを「精霊の子」と呼び、自分たちよりも精霊に近い存在として考えていました。

 遊牧民族である月の民は、ゴビという厳しい環境の中を草地を求めて移動を繰り返し、少ない人数で連携をしながら多くの家畜を養っています。でも、このような遊牧生活にそのような子供が適応し活躍することは大変難しいと言えます。

 そこで月の民の人々は、それぞれの部族の根拠地等で「精霊の子」たちを大切に育て、精霊への願い事や戦いなどの吉兆占いをする時などに、「月から来たもの」という共通の祖先をもつ兄弟である精霊と自分たちの橋渡しを「精霊の子」に任せるのでした。

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