コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第144話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第144話】

「兎歯、だと。おめぇは確か・・・・・・」

「は、はい。交易隊の兎歯です。隊の先頭の方で駱駝を引いております」

 王柔と似たような細身で、兎の歯のような出っ歯と切れ長な目が特徴的なこの男は、皆から兎歯(トシ)と呼ばれていました。兎歯の役割は、交易隊の前の方で駱駝を引くことでした。ただ、彼はこの場に集まって冒頓に報告をしている小隊長格の男ではありません。その部下に当たる男です。そのような男が、怪我をしている体を押しながらこの場に駆けつけて、一体何を言おうとしているのでしょうか。

 冒頓の鋭い視線が苑から自分に向けられると、兎歯も自分の身体が緊張で固くなるのを感じました。でも、言わなければいけません。自分が見たことを、冒頓に報告しなければいけません。

「冒頓殿。羽磋殿と王柔殿は、理亜を乗せた駱駝が興奮して走り出さないようにと、道の真ん中で必死に手綱を引いていました。そこへ、あれが来たのです。激しく興奮した駱駝の群れが。そして、その群れの中の一頭が、理亜を乗せた駱駝にぶつかったのです。それで・・・・・・」

「それで? それでどうしたんだっ」

 冒頓の前に立った兎歯は、弾む息を何とか押さえつけて、とても言いにくいことを一気に口にしました。一息で言い切らないと二度と話し始めることはできないだろう、兎歯にそう思わせるほどの圧力が、冒頓の全身から発せられていました。

「それで、突然後ろからぶつかられてびっくりした駱駝は細道から飛び出して、崖下に落下してしまいました。背に乗っていた理亜はもちろん、手綱を引いていた羽磋殿や王柔殿も一緒に、崖下に落下していきましたっ」

「落ちたのか・・・・・・。羽磋も王柔も・・・・・・」

「はい・・・・・・。私は駱駝の暴走を避けるために壁際に逃げていましたが、羽磋殿たちが落ちるところを、この目で見ました。申し訳ありません、どうすることもできず・・・・・・」

 冒頓の脳裏に、まるで自分で見たことのように、その時のことが思い浮かびました。

 あの時は細道全体に大変な轟音と異常な興奮が満ちていましたから、理亜を乗せた駱駝も興奮してしまって、前方へ走り出そうとしたのでしょう。王柔はもちろん、その横にいた羽磋も、駱駝が走り出して理亜が振り落とされたりしないように、必死で手綱を引いて止めたに違いありません。自分たちの後ろから興奮した駱駝たちが激流となって押し寄せてきたとしても、理亜を放っておいて自分たちだけが壁際に避けるなど、あの二人がしようはずがありません。そして、その結果、興奮した駱駝にぶつかられた理亜を乗せた駱駝が、驚いて空中に飛び出してしまったのに引きずられて、羽磋と王柔も空中に飛び出し、そのまま崖下に転落していったのでしょう。

 この崖下がどうなっているのかは、よくわかりません。一番下を川が流れているのは間違いないようですが、水面から交易路までどれくらいの高さがあるのかもわかりません。もちろん、そこまで下りていくような道もありません。

「羽、羽磋殿おっ」

 兎歯の報告でこの場に突然生じた絶望的な空気に耐えかねたのか、それとも、一縷の希望を探すためなのか、前触れもなく苑は、広場の中央から端に向かって走り出しました。細道の崖下を流れていた川は、この広場の遥か下の方で岩壁の中に吸い込まれています。広場の縁まで来た苑は、自分も崖下に転落するぎりぎりの所まで身を乗り出して下を眺めましたが、月明かりの下では崖下の様子は全く分かりませんでした。

「羽磋殿ー、返事をしてください、羽磋殿ーっ」

 苑が羽磋に呼び掛ける声が、谷に響き渡りました。でも、谷底から返ってくる声は、岩壁が苑の声色で返してくるものだけで、羽磋や王柔の声はもちろん、落下した駱駝の鳴き声さえも返ってはこないのでした。

 冒頓が羽磋のことを気に入っているのは、この場にいる誰もが知っていました。また、ここまでの旅の間に、羽磋は護衛隊や交易隊の中に溶け込み、皆に好かれていました。それに、そもそもこの隊が編成された目的の一つは「羽磋を無事に吐露村へ送る」ことでした。

 そのため、苑が必死に繰り返し羽磋に呼び掛ける声は、冒頓に対してだけでなくて、この場にいる全員に対して、非常に重苦しくのしかかるのでした。

「おい、もういいぞ、苑。もう、十分だ。隊に戻って、空風の世話でもしていろ。明日の朝になったら、空風に見てもらうかもしれねえからな。俺たちはこっちで、これからの話を続けなきゃなんねぇ」

 何度目かの苑の呼び声が風に流されて行ったあとで、冒頓はもう十分だと苑に呼びかけました。それは、自分の中の迷いを断ち切るような、とてもはっきりとした声でした。

「これ以上大声を出してみたところで、どうにもならない。この夜空の下ではできることは何もない。太陽が上がって明るくなればオオノスリの空風も飛べるようになるから、明日の朝、上空から探してもらおう」

 冒頓は、そう言っているのでした。

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