コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第161話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第161話】

「うおっ、あぶねぇっ」

 大岩の塊をぐるりと回ったところで、冒頓は大声をあげました。

 馬の駆ける速度を上げてサバクオオカミの奇岩の後ろへ回り込むつもりだったのですが、いざ大岩の塊を回り切ってみると、自分たちの目の前に現れたのは、サバクオオカミの奇岩の後ろ姿ではなく正面から見た姿だったのです。つまり、彼の試みを遠くから見通していた母を待つ少女の奇岩が、それを逆手にとって、サバクオオカミの奇岩に待ち伏せを指示していたのでした。

「前だっ! 突っ切れぇ!」

 冒頓は、驚きの声の後で少しの間も明けずに、空にも響くような大声で指示を続けました。

 今にもこちらに向かって襲い掛かろうと態勢を整えているサバクオオカミの奇岩の目の前で、馬首を返そうとして走る勢いを落とせば、奇岩たちに襲い掛かる好機を与えることになってしまう。それよりは、全速力で走っているこの勢いのまま突っ切った方が被害が少ないだろうと、とっさに判断しての叫びでした。

 ドドン、ドドウオッ、ダダァ、ダアン!

 ドッドウ、ドドウッ、ダン、ドドドドドン!

 予想もしていないところで待ち伏せに合えば、反射的に立ち止まろうとするか、あるいは、方向を変えて逃げ出そうとしたくなるのが、人の性というものです。しかし、冒頓のあげた叫び声の下で、騎馬隊は冒頓を先頭とした鋭い矢のようになって、勢いを保ったまま真っすぐに走り続けました。

「おおおおおううっっ!」

 冒頓は左手で握っていた弓を背中と矢筒の間に収めると、右腰に付けた鞘から短剣を引き抜きました。そして、愛馬の腹を思いきり蹴ると、こちらに向かって歩を進めてくるサバクオオカミの奇岩の群れのちょうど真ん中に飛び込んでいきました。

 ザフザフ、ザフンッ! ガツン、ザフザフザフッ!

 サバクオオカミの奇岩はうなり声の代わりに足元の赤土を蹴って、自分たちから逃げるのではなく、自分たちにまっすぐに向かってくる一団に対して、敵意を現わしました。

 騎馬隊の先頭を走る冒頓は、わずか一呼吸の間に、奇岩の群れへ到達しました。

 ザザアアァンッ!

 もっとも近くにいたサバクオオカミの奇岩が、冒頓に向かって飛び掛かりました。

「おらぁっ!」

 ビヒイイィイ! バシイイイイッ・・・・・。

 冒頓は愛馬の手綱を左手で操って、奇岩の攻撃から馬の首をそらすと、短剣でサバクオオカミの胴に切りつけました。ぱっくりと大きな切り口が空いたサバクオオカミの奇岩は、二つの砂岩の塊となって大地に落ち、冒頓の後に続く騎馬隊に踏みつぶされて、砂に還りました。

 別のサバクオオカミの奇岩は、冒頓に続いて飛び込んできた騎馬隊の乗り手でなく馬の方をめがけて、大きく口を広げて飛び掛かりました。でも、その口が馬の肉の温かな感触を得る前に、その額に固い蹄が撃ち落されました。この奇岩も、騎馬隊が通り過ぎた後には、その原形を保ってはいませんでした。

 冒頓のとっさの判断は、功を奏していました。

 騎馬隊の側に攻撃し易い位置、攻撃し難い位置があるように、サバクオオカミの奇岩側にも同じようなものがあったのでした。

 それはつまり、馬に対して側面から飛び掛かるのは簡単なのですが、馬の前方から飛び掛かるのは、勢いよく振り下ろされるその前足で攻撃を受ける恐れがあって難しいということでした。では、馬の後ろから飛び掛かるのはどうでしょうか。まず、自分と逃げる馬の間には走る速さの違いがあり、追いすがって飛び掛かること自体が難しいのですが、仮にそれが可能であったとしても、馬の最大の武器である後ろ脚での一撃で、あっという間に体を砕かれてしまうと思われます。いずれにしても、馬を攻撃する場合には、集団で横から襲い、その腹や足に食いつくというのが、サバクオオカミの奇岩にとっては、一番容易い方法なのでした。

 勢いよく跳躍して騎馬隊の乗り手を直接攻撃する場合には、どうでしょうか。その場合には、前後左右どこから攻撃してもさほど違いはありません。もちろん、一頭で攻撃すれば、冒頓に切られたサバクオオカミの奇岩のように、短剣の餌食になってしまいます。でも、乗り手は片方の手で手綱を持ち、もう片方の手で短剣を操っています。たとえ手綱を離したとしても、手は二本しかありません。馬を襲うときと同じように、複数の奇岩が一度に襲い掛かれば、乗り手を地面へ引きずり下ろし、集団でその肉を食いちぎることもできるでしょう。

 遊牧民族の戦いが、弓矢を基本とするというのであれば、サバクオオカミの奇岩の戦いは、個に対して集団で襲い掛かることを基本としているのです。

 それなのに、冒頓の騎馬隊が、恐ろしい勢いを保ったまま一塊になって真っすぐにサバクオオカミの奇岩の群れに突っ込んで来たので、一騎に対して複数で取り囲んで攻撃をするということが、できなくなってしまったのでした。

 冒頓の騎馬隊は、自分の馬の速度が落ちないように気を付けながら、自分たちや愛馬に向かって、隊の外側から散発的に飛び掛かってくる奇岩をかわし、あるいは、短剣で切り、さらには、その蹄で砕きつつ、熟れ切った果実を鋭いナイフで切るかのように、群れを二つに切り裂いていきました。 

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