コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第204話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第204話】

 あまりに急に止まったものですから、そのすぐ後を歩いていた理亜は止まり切れずに羽磋の体を透り抜けて前にまで出てしまいました。そして、そのさらに後ろを歩いていた王柔が羽磋の背中にぶつかってしまいました。

「あ、すみません、羽磋殿っ」

「いえいえ、気にしないでください。僕の方こそ、すみません、王柔殿。自分の考えの中に閉じ籠ってしまっていました。でも、あれなんです、僕の探していたものは。ほら、あそこに見える、あれです」

 ぶつかったことを謝る王柔に対して気にしないようにと答えると、羽磋は興奮した様子で自分たちの前の方を指さしました。そこでは、広々としていた洞窟がぎゅっと狭くなっていて、壁面と壁面が接近した状態が回廊の様に長く続いていました。その僅かな隙間の床部分はほとんどが水面でしたが地面が全くなくなっているわけではなく、蛇のようにうねりながら続いている回廊の奥の方へ歩いていくことは出来そうでした。壁面の手前の方と奥の方には、黒々とした大きな口が一つずつ開いていて、池の水が激しく音を立てながら、そこへ流れ込んでいました。それは、この空間からさらに奥へ続く洞窟の入口であり、この空間に溜まっている水の出口でもありました。

「ははぁ、この広い場所に池のように溜まっている水が、川の様になってあの二つの穴の奥へと流れて行ってますね。あれが羽磋殿が捜していたものなんですか」

「そうです。僕はあれを探していたんです。あれが僕の思っていた通りで本当に良かったですよ、王柔殿」

 羽磋は嬉しそうに答えましたが、王柔はどうして羽磋がこれを探していたのか、それに、どうしてそんなにうれしそうなのかが、よく判っていないようでした。

 王柔のその様子を見て、羽磋は自分の思っていることを始めから説明することにしました。

 羽磋たちが川に流されて入り込んでしまった洞窟は、ヤルダンの台地を支える岩壁の奥深くへと続いていました。暗闇の中で滝のようになっている場所を落下した際に意識を失った彼らは、この広い空間で意識を取り戻しました。どれくらい流されたのかはわからないのですが、周囲の様子から考えると自分たちがまだ地下の巨大な洞窟の中にいるのは確かでした。

 王柔は自分たちが大きな怪我もなく無事でいられたことで、すっかりと安心してしまい、まだそれ以外のことを考えることはできないでいました。でも、それは仕方のないことかもしれません。なぜなら、彼らは母を待つ少女の奇岩に襲われて、岩壁の中腹に刻まれた交易路から崖下に落下したのです。幸運にも崖下を川が流れていたために命を失わずに済みましたが、そこで命を落としていても全く不思議ではなかったのです。また、彼らが落ちた川の流れはとても激しかったので、羽磋が機転を利かして水面に浮かんでいる駱駝のコブに自分たちを縛り付けなければ、そこでおぼれてしまっていたでしょう。さらには、川の流れと共に入り込んでしまった洞窟の中で、彼らは滝を落下することになります。そこで激しい衝撃のために気を失っただけで済んだのは、まったくの偶然だったのです。ですから、自分たちに命があること、王柔にとっては今はそれだけで十分で、それ以外のことは頭に浮かんで来ないのでした。

 羽磋にとってもそれは同じことで、生きてこの場に居るということだけでとてもありがたいと思いますし、手足を地面に投げ出して横になり、しばらくは余計なことを考えたくないという気もしています。でも、羽磋は次にどうするかについて考え始めていました。つまり、「ここからどうやって出るか」についてです。この場所から外へ出ないことには、もう一度輝夜姫と会うこと、それに、彼女を月へ還すことなど、叶いはしないのですから。

 羽磋の小柄な身体の奥底には、「想いを叶えたい」というキラキラとした、でも、とても熱い気持ちが常に輝いていて、彼の身体に沁み込んでくる疲れや後ろ向きな気持ちを溶かしているのでした。それは、皆が子供の頃には持っていた素直な気持ちなのですが、多くの人は成長するにつれて忘れてしまうものです。でも、羽磋は成人を認められるまで成長した今になっても、この気持ちを持ち続けているのでした。

 水面が放つほのかな青い輝きのお陰で、ある程度までですが周りの様子を見て取ることはできました。空間の床部分の多くを占める大きな池に、静かに水が流れ込んできているのはわかりました。おそらくは羽磋たちをこの空間に運んできたのも、その水の流れなのでしょう。

 では、その流れを遡っていけば此処から出られるでしょうか。

 川を遡るには、流れに逆らって泳ぐ必要がありますから、それはとても難しいと思われます。それに、一体どれだけの間流されてきたのかがわからないということは、どれだけの距離を遡らなければいけないかがわからないということでもあります。さらに、仮にそれができたとしても、あの滝があります。あの滝を昇ることは、考えるまでもなく、無理です。やはり、この空間に流れ込んでくる川を遡ることは、できそうにありませんでした。

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