コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第40話

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(これまでのあらすじ)

 遊牧民族月の民の翁が竹林で拾った赤子は、美しい少女へ成長します。「月の巫女」竹姫と乳兄弟である羽は、逃げた駱駝を追って分け入った夜のバダインジャラン砂漠で、ある約束をします。砂漠で発生した大砂嵐「ハブブ」に襲われた二人は意識を失いますが、大伴に助けられます。宿営地で目を覚ました羽は竹姫の無事を確認しますが、なんと、竹姫は大事な約束を完全に忘れているのです。淋しさと怒りで羽は竹姫に傷つける言葉を投げつけて走り去りました。その羽と行き会った大伴は、話をするために彼をゴビへ誘い、そこで「羽磋」という名を贈って成人を認めると共に、大事な話をし始めるのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

月の砂漠のかぐや姫 | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

【竹姫】(たけひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。赤子の時に翁に竹林で拾われた。羽磋に「輝夜」の名を贈られる。

【羽磋】(うさ) 成人前の名は「羽」。竹姫の乳兄弟の少年。その身軽さからと呼ばれていた。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【有隣】(ゆうり) 羽の母、大伴の妻。竹姫の乳母。

【至篤】(しとく) 大伴の遊牧隊に参加している女性。竹姫や羽に姉のように接している。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【弱竹】(なよたけ) 竹姫が観ている世界での月の巫女。若き日の大伴と出会っている。少女の頃の名は温姫(おんひめ)

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族。片足を戦争で失っている。

【秋田】(あきた) 月の巫女を補佐し祭祀を司る男。頭巾を目深にかぶっている。

 

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【第40話】

 大伴は詳しくは語りませんでしたが、その時の大伴の取り乱しようは、まさに荒れ狂うハブブのようでした。消えてゆく弱竹姫の身体を何とかこの世界につなぎとめようと、その身体を両手で抱きしめ、大声でその名を呼び続けたのは、大伴でした。そして、その願いもむなしく弱竹姫の身体が完全に消滅してしまった後は、大伴はその姿を求めて祭壇上のあらゆるところを探し回り、最後にはそれを破壊して祭壇の下にまで潜り込んだほどでした。

 もちろん、阿部も弱竹姫の消失に大きな衝撃を受けていました。大伴が弱竹姫の姿を探して、大声をあげながらそこら中をうろつきまわっている間、彼は儀式を司っていた秋田を問い詰めていたのでした。大伴と違って態度に表してはいなかったものの、弱竹姫の消失には、阿部の心の底からも沸々と怒りが湧いてきていました。その怒りが込められた彼の言葉はとても鋭く、もし、秋田が胡乱な返答などしようものなら、たちまちその首を跳ね飛ばすという意思さえもが、見え隠れしていました。

 このときに、阿部が秋田から何を聞き出したのかは、大伴には判りません。ただ、阿部の混じりけのない怒りという刃が、秋田という岩盤から何らかの鉱石を掘り出せたことは間違いがないようです。この後、阿部は月の巫女に関する知識をどんどんと蓄えるようになり、やがて、それがある企てへとつながることになるのでした。

 その日の夕暮れ、疲れ切った大伴が祭壇の上に大の字に横たわっているところへ、敗走する敵を追っていた御門たちの部隊が戻ってきました。これで、烏達渓谷の戦いの全てが終わったのでした。

 

「敵を追撃していた御門殿が帰って来て、弱竹姫が消失したことを初めて聞いた時だ。ああ、その時の御門殿の表情を、俺ははっきりと覚えているよ」

 大伴は、何か思いだしたくないことをいやいや思いだしているような、ぼそぼそとした口調でつぶやきました。

「それは、さぞかし悲しんでお嘆きになったんじゃないですか。御門殿にとって弱竹姫はご自分を慕っていた妹のような存在だったのでしょう」

 羽磋は当時の御門の心情を考えて、自分も悲しみが胸にこみあげてくるのを感じていました。しかし、大伴の返答は、意外なものでした。

「どうだろうな」

「え、どうだろうな、とは」

「確かに、悲しそうな顔はされたさ。もちろん、言葉でも悲しみを表現されたと思う。だが、その言葉を俺は覚えていない。俺が覚えているのは、ただ・・・・・・」

「ただ、なんなのですか、父上」

 言葉を選ぶかのように少し言い淀んだ大伴に対して、羽磋が先を促しました。

「そう、俺が覚えているのは、御門殿が見せた、とても残念そうな表情だ」

「残念そう、ですか‥‥‥」

 羽磋は、大伴の発した言葉の意味をかみしめるように復唱しました。羽磋は大伴の言葉一つ一つを真剣にとらえ、それらを自分の血肉に変えようと聴き入っています。それでも、大伴がこの言葉に込めた意味が、全て羽磋に伝わることはないでしょう。それは、大伴にもよく判っています。しかし、そうだとしても、大伴には御門が見せた表情を、単に「悲しそうな表情」と伝えることはできなかったのでした。

 あの時、戦勝に興奮した兵たちが挙げる歓声が、烏達渓谷中にあふれかえっていました。御門も追撃から帰還した兵たちと共に馬を降りると、珍しく高揚した様子を露わにしながら大伴や阿部たちの方へ駆け寄ってきました。「弱竹姫のことをどうお伝えすればいいのだろう」と阿部と大伴は悩んでいたはずですが、誰がどのようにそれを御門に伝えたのかは、もう覚えていません。

 でも、御門が見せた表情だけは、大伴は今でもはっきりと思いだすことができるのです。ひょっとしたらその表情は「悲しみ」を表していたのかも知れません。そうです、ただ単に、大伴の受け取り方がおかしかっただけなのかも知れません。でも、大伴がその表情から受け取った言葉が「大切なものをなくしてしまってとても残念だ。これからいろいろとあったのに」という「残念さ」であったことは、彼に取って間違いのない事実でした。そして、大伴にとって、すべてはそこから始まったのでした。

「ああ、俺には、そう思えたよ。実はな、阿部殿もそのように感じたらしいのだ。それから、俺と阿部殿は、月の巫女や祭祀を司る秋田たちについて、いろいろと調べたのだ。特に、阿部殿は非常に頭の良い方だし、秦からパルティアまでの交易の中心である肸頓(きっとん)族の方だ、色々な知脈を通じて古い事柄を調べてくれてな、判ったのだ」

「判った、とおっしゃいますと、何が判ったのでしょうか」

「月の巫女についてだ」

 大伴の背後で、羽磋の背がびくっと震えました。大伴が言うのです。「月の巫女について判った」と。いったい何が判ったというのでしょうか。月の巫女についてということは、それは、竹姫についても関りがある何かなのでしょうか。

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