コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第66話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

 

 

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【第66話】

 ここで、物語は、時間を少し前に遡ります。

 それは、羽磋たちが、一つ目のオアシスに近づいて歓声を上げたときから、一月ほど前の出来事でした。

 彼らとは別の交易隊が、西から東へ、土光(ドコウ)村を目指して進んでいました。

 この交易隊が辿っている交易路は、土光村と吐露(トロ)村を結んでいる交易路で、吐露村からさらに西側は、月の民とは別の遊牧民族、烏孫(ウソン)の勢力圏の中に続いていて、さらにその先は汗血馬の産地として名高いイリ地方へと続いているのでした。交易隊は、吐露村から土光村の方へ進んでいますから、西方で仕入れた交易品を、東方へ運んでいる最中のようでした。

 小野の交易隊に比べればかなり小規模なその交易隊の周りには、奇妙な形をした砂岩の塊が、いくつもいくつも並んでいました。天幕を何倍かに大きくしたような半球状の砂岩の塊もあれば、岩山から切り出したような四角い塊が、まっすぐに何層も積み重なっているものもありました。小山のように大きなものから、立像のように小さなものまで、その大きさも様々で、その異様な光景は、秋空に浮かぶ羊雲を砂岩に置き換えて、ゴビの大地の上に配置したかのようでした。

 さらに、この奇妙な光景は地上だけにはとどまりませんでした。ゴビの大地には、大きな剣で切りつけたような鋭い裂け目が幾つも見られ、その裂け目の中には複雑な形をした襞が、幾層にも重なっているのでした。また、その襞には無数の穴が見られるのですが、その異様な光景から、その穴がどこか恐ろしい異界に通じていると言われたとしても、全く違和感がないほどでした。

 これらの不思議な地形は「ヤルダン」と呼ばれるもので、長い時間をかけて風や雨が砂岩を侵食することにより作られたものでした。小規模な「ヤルダン」は、ゴビの他の場所でも見ることが出来ました。でも、吐露村と土光村の間に広がるヤルダンはとても規模が大きく、交易路がその中を通っていることもあり、とても有名でした。月の民やこの地を交易で訪れる者たちの間では、ただ単にヤルダンといえば、この地域のことを指すのでした。

 ヤルダンの奇妙な造形は、昔から、旅人の想像力をかき立ててきました。ヤルダン一帯の最も西側、つまり、吐露村側には、大きな壁のような砂岩が二つ、並んで立っていました。この二枚の砂岩は「ヤルダンの門」と呼ばれていて、かつて、ゴビに大風が吹き続けてヤルダンが溢れようとしたとき、吐露村の月の巫女が精霊に祈りをささげて作り上げたもので、これによりヤルダンの拡大は止まった、との言い伝えがありました。

 ヤルダンの東側、つまり、土光村側には、「母親を待つ少女」と言われる砂岩がありました。これは、ちょうど、人の背丈ほどの砂岩で、少女が両手を胸に当てて、遠くを眺めているように見えるものでした。この砂岩にも、言い伝えがあるのでした。

 昔々、この場所に存在していたオアシスの縁に、貧しい母娘が暮らしていました。ある時、娘が酷い病気にかかり、母親は薬草を探しに祁連山脈へと旅立ちました。しかし、娘がいくら待っていても母親は帰ってきません。娘は毎日、病で弱ってゆく身体を励ましながら、東にうっすらと影が見える祁連山脈の方を向いて、ゴビの大地に立ち続けました。毎日毎日です。いつしか、娘は、ゴビと共になり、砂岩の像となってしまいました。

 それから、季節がいくつか過ぎてから、ようやく、母親が戻ってきたのでした。母親は、祁連山脈の端から端までを歩き回り、やっと求めていた薬草を探し当てて、娘の元へと戻ってきたのでした。でも、母親を待っていたのは、自分が去った方角を見つめながらじっと佇む娘の像でした。母親は、娘の像の前で大声で泣き叫び、帰りが遅くなったことを詫びると、ゴビの大地に向けて走り出し、その裂け目の中に身を投じて亡くなってしまったのでした。今でも、ヤルダンの大地に刻まれた裂け目からは、母親が深い悲しみと後悔のあまり泣き叫ぶ声が聞こえてくるのです・・・・・・というものでした。

 人は不思議なものを見つけると、その由来を思い浮かべずにはいられないものなのかもしれません。さらに、その裂け目そのものにも言い伝えがあるのでした。

 ヤルダンに刻まれた大きな裂け目の中には、巨大な双頭の竜、つまり身体の両端に頭を持つ竜が潜んでいるというのです。その身体は砂岩でできているために、あまり柔軟性がなく、それぞれの頭は、自分の身体の反対側にもう一つ頭があることを知らないでいるのでした。そのため、その竜が身体を動かそうとしても、思い通りには動かすことが出来ません。大地がときおり揺れることがあるのは、この双頭の竜が、裂け目の中で身体を動かそうとしてもがいているからだ・・・・・・という言い伝えでした。

 この他にも、ヤルダンにまつわる言い伝えや噂話は数多く存在し、その多くが、人知を超えた不思議な話であったり、悲しい物語、恐怖をもたらす話であったりしたことから、ヤルダンは、魔や鬼が棲む場所として、「魔鬼城」と呼ばれることもあるのでした。

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