コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第98話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第98話】 

 ブルブルブル・・・・・・。

 王柔の膝が震えていました。

「す、すみません」

 反射的に王柔が口にしたのは、謝りの言葉でした。

「謝るぐらいだったら、最初から言うんじゃねぇっ。お前には芯ってもんがないのか?」

「す、す、すみません・・・・・・」

「だから、謝るなって言ってるだろうがっ。謝るぐらいだったら、座って大人しくしとけよっ」

 はっきりとしない王柔の態度は、冒頓を余計にイライラとさせるものでした。もっとも、王柔は意識して謝りの言葉を口にしているわけでもないのです。他人と対立することを好まず、できるだけ争いごとを避けて通ることを常としている彼は、いつの頃からか、相手に強く出られると反射的に「すみません」と謝ってしまう癖がついているのでした。

 特にこの場で相手にしているのは、護衛隊という荒々しい男の集団を束ねている冒頓でした。王柔と冒頓では、細身の体つきこそ似てはいますが、そのまとっている雰囲気は全く異なっていました。草をはむ羊のように大人しい雰囲気を持つ王柔に対して、冒頓のそれは砂漠オオカミのようにギラギラと激しいものでした。いつもの癖でなくても、謝って場を収めることができるのならば、さっさと謝って楽になりたいと思って、不思議はないのでした。

 でも、王柔は、自分の口からそれ以上の謝罪の言葉が出て行こうとするのを、ぐっとこらえました。今だけは、この場だけは、頑張らないといけないのです。自分のためにではありません。理亜のために。理亜のために、頑張らないといけないのです。

「い、いえ、あの、冒頓殿。ぼ、僕が言いたいのは、つまり、理亜のことなんです。理亜のことが心配なんです」

 王柔は、自分を守るように腕を組みながらでしたが、それでも席に座ることなく立ち続けました。そして、始めはどもりながらでしたが、冒頓に向って自分の考えを話し始めました。それは、王柔と共に長い間仕事をしている王花にとっては、驚きの光景でした。

「どうして、ヤルダンにわざわざ理亜を連れて行くんですか。危険なのはわかっているじゃありませんか。それに、ヤルダンの母を待つ少女の奇岩をどうするつもりなんですか。理亜の身体がこんなになってしまったのも、ひょっとしたら母を待つ少女のせいかもしれません。そうだとしたら、そうだとしたらっ!」

「おい、それはさっき小野の旦那が話してただろう」

「聴きました。小野殿の話は聴きました。でも判りませんでしたっ」

 日頃ではありえないような感情の高ぶりの中で、王柔は自分が勢いよく発する声を聴くことで、ますます興奮していくのでした。

「全く判りませんでしたっ! だって、母を待つ少女のところに理亜を連れて行っても、それからどうすればいいかわからないと、おっしゃっていたじゃないですか。じゃあ、どうしてそんな危ないところに、理亜を連れて行くんですかっ。それとも、母を待つ少女を壊せば理亜は元通りになるんですかっ。でも、逆に、いま夜になると理亜が消えてしまうように、ずっと消えてしまうようになったらどうするんですかっ。だから、お願いです。お願いです。理亜のことをもっと考えてあげてください。それだけなんです。お願いします。お願いします・・・・・・」

 興奮のあまり最後には涙声になりつつもなんとか言葉を発しきると、王柔は深々と頭を下げました。その後ろでは、理亜が心配そうにしながら、自分の手を王柔の服の裾に重ねていました。

「あのなぁ・・・・・・、王柔」

 冒頓は思ってもみなかった王柔の勢いに、少しだけ面食らっていました。冒頓の持っていた印象の通りであれば、こちらから少し強く言えば、王柔は口の中で何かもごもご言いながら、大人しく引っ込むはずだったのですから。

「こいつはこいつなりに芯を持っている、ということかな」と、少しだけではあるものの、冒頓は王柔に対しての考えを改めるのでした。とはいえ、王柔に対する評価はまだまだ低く、「甘ちゃんの子供にしては・・・・・・」という言葉が、先程の感想の頭についているのでしたが。

「結局な、お前は、何が言いてえんだ?」

「え・・・・・・」

 自分の考えを思いっきり場に吐き出して、無の状態になっていた王柔に、冒頓の言葉が投げかけられました。それは完全に予想外の角度から王柔の心に突き刺さったので、いつもの自分を守る反射的行動さえもとることができずに、その言葉が発せられた方、つまり、冒頓の顔を、王柔はすっと見返してしまいました。

「えっと、ですから、理亜をもっと大事にしてほしいって、そういうことなんですが」

「それは十分わかっているさ。俺にしても小野の旦那にしても、お前の後ろに隠れている可愛いお嬢ちゃんのことを、考えていないわけじゃないさ」

 冒頓も王柔との会話に興が乗ってきたようで、いつも砕けた場面で話すときに使っている「小野の旦那」という表現までもが、言葉の中に現れてきました。少なくとも、始めに立ち上がった時のような、王柔の態度にイライラして起こった「アイツをやり込めてやろう」という怒りの炎は、だいぶん小さくなったようでした。

「じゃあ、言い方を変えてやろう。理亜のことを考えてください、お願いします、じゃねぇんだ。人に頼むんじゃなくて、お前は、王柔、お前は、どうするんだ?」

「僕が、どうするか、ですか・・・・・・。それは・・・・・・」

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