コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第253話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第253話】

「羽磋殿っ」

「はいっ、王柔殿」

 身体が動くようになれば、いま彼らがやらなければならないことは一つだけです。それは、一人で地下世界の奥へ行ってしまった理亜と合流することです。

 大きな地震がありましたが、地下世界を覆う天井が崩れてきたところはありませんし、地面にも亀裂が生じたようなところはないようです。それでも、王柔は一人でいる理亜のことが心配でなりませんでした。

 王柔は自分の間近で地面が盛り上がっているところを探すと、そこに上って地震の前に理亜の姿を確認した方向を眺めました。すると、自分たちがいるところから少し先の所に理亜の姿があるのを見つけました。そこでは地面が大きな丘のように急に盛り上がっているのですが、彼女は両手両足を使ってその崖のような急こう配をよじ登ろうとしていました。理亜は少しずつですが確実に丘の上へと昇って行っています。理亜の身体が動くたびに、彼女の赤い髪が背中の上で揺れました。

 地震前と変わらずに、彼女は地下世界の奥へ行こうとし続けているようでした。その様子を見た王柔は、どうやら理亜は怪我などをしていないようだと思い、安堵の息を漏らしました。でも、彼女が登ろうとしている斜面は、歩いて登ることができないほどの急な斜面のようです。一度緩んだ王柔の気持ちは、再びギュッと張り詰めてしまいました。

「あ、ああ、理亜、大丈夫か。気をつけてっ」

 理亜がいるところまで自分の声が届くはずもないのですが、王柔は崖のような急斜面をよじ登る彼女の背に、心配の声を掛けずにはいられませんでした。その横では、同じように理亜の姿を見つけた羽磋が、危険除けのおまじないをつぶやいていました。二人の意識は「理亜が怪我をしないように」というところに集中されてしまい、その足は止まってしまいました。

 彼らが心配のあまり息を止めて見守っている中で、理亜は無事に斜面を登り切り、その丘の上に立ちました。彼女が自分の行く先を見定めるかのように頭を高くすると、再び地面にビリビリビリッと大きな振動が走りました。それだけではありません。風などが吹くはずもない閉鎖されたこの地下世界で、王柔と羽磋は自分たちの身体に正面からブワッとした波のようなものが当たって来るのを感じました。さらに、隆起した地面の上に立つ理亜の向こう側では、再び各所で青く光る水が地面から天井に向かって激しく吹き上がり、空中を浮かぶ透明で大きな球体が不規則な動きを早めていました。

「驚いてる・・・・・・。この世界全体が驚いてるんだ」

 先ほど「理亜の言葉が地震のきっかけとなった」と話した羽磋は、この状況を見てその思いを一層強くしました。騒然となった地下世界を背景にして立つ理亜の後ろ姿は、青黒い夜空を背景にして月に吠えるサバクオオカミのように力強く、精霊と人とが交わっていた頃を題材とした昔話の一場面でもあるかのように神秘的なものでした。

「行きましょう、羽磋殿っ」

 魅入られたかのように理亜の後ろ姿を見つめ続けていた羽磋を、王柔が現実に引き戻しました。王柔の言うとおりでした。理亜の無事が確認でき、その居場所がはっきりとわかったのですから、これ以上ここで彼女のすることを見続けている必要などないのです。

「・・・・・・すみませんっ。はい、行きましょうっ」

 我に返った羽磋もしっかりと王柔に返事をしました。

 最後の水を飲んだお陰で、手足の痺れはだいぶん取れています。自分たちがいるところから理亜のいるところまでは地面に大小の窪みや隆起はあるものの、少しの間走れば辿り着けそうです。羽磋と王柔は、自分たちが立っていた隆起の上から理亜のいる丘の方へと、足場の悪い斜面をできるだけの速さで駆け降りていきました。

 

「王柔殿、細かく揺れてます、気をつけてっ」

「はいっ」

 大きな揺れの後は地震が治まったと思っていたのですが、理亜が丘の上に上がって姿をさらした時から、再び地面は小刻みに揺れ続けていました。羽磋を先頭にした二人は、窪みの中に転げ落ちてしまうことの無いように、その縁には近づかないように気をつけながら走りました。

 ただ、隆起から下に降りてしまったので、地面を走っている彼らからは理亜の姿を見ることはできなくなってしまいました。

「頼むから、それ以上先に行かないでくれよ。そこで待っていておくれよ、理亜」

走りながら王柔は、心の中でそう強く願わずにはいられませんでした。

 すると、彼らの頭の上から理亜の声が降りてきました。それは、無くしてしまった大切な何かを、あるいは、会えなくなった親しい誰かを探すような、切なくて哀しい響きを持っていました。

「ココだよ。あたし、ココだよッ・・・・・・」

 理亜の声は、先ほどまで彼女の姿を確認できていた丘の上から、響いてきていました。どうやら、彼女はまだそこから動いてはいないようです。でも、いつまた彼女が地下世界の奥の方へと走り出してしまうかわかりません。焦りを覚えた王柔と羽磋は、少しでも早く丘に辿り着こうと、窪みに近づかないように走るのではなく、できるだけ最短の道を取るようにし始めました。

 その時、ちょうど理亜の声に反応したかのように、再び大きな揺れが地下世界に生じました。

 ドウ、ドオオンッ。ゴゴゴゴウッ!