コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第110話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第110話】 

「それにしても、交結という、通り名どうりの方だったな」

 羽磋は、自分が挨拶をした時に交結が見せた、大げさな歓待のしぐさを思い出していました。それに加えて、小野が「実は例の件で報告がありまして」と交結に耳打ちした後に彼が見せた、早く報告を聞きたくてたまらないとでもいうような、子供っぽいそわそわとした様子も、彼の心に浮かび上がってきました。

 年齢で言えば、交結は、羽磋はもちろん、小野よりもずいぶんと上になるはずですが、人と人を、交易と交易とを交わらせ結ぶ、と言う名の通りの、とても人あたりの良い人でした。

 彼は小野の報告を聞くために、羽磋との話をさっさと切り上げた情の薄い人だと、意地悪な見方をすることもできるかもしれませんが、よく考えてみるまでもなく、交結は土光村の代表者であり、羽磋はそこを訪れた留学の徒に過ぎません。

 羽磋にとっては、挨拶をする機会を交結が設けてくれたことだけでも、とてもありがたいことだったのでした。

 交結の館を始めとした有力者たちの大きな家が並ぶ一角を離れ、羽磋は、大通りの方へゆっくりと歩いて行きました。

 小野は交結と話をする必要があるので、羽磋は先に天幕に戻ることになっていましたが、特に急いで戻る必要もなかったのです。

 朝方に小野と通った大通りは、昼近くなった今も、人で溢れていました。大通りの両脇には、各地を旅してきた交易隊が荷を並べているだけでなく、集まってくる人たちに食べ物や飲み物を売る店も、たくさん出ていました。

 遊牧や交易に出ている最中は、食事には大きな変化がありません。乳酒や乳製品を中心としたものに、干し肉がつけばご馳走です。でも、この大通りの両脇に並んでいる店では、穀物を捏ねて蒸した饅頭や、羊肉の串焼きが、美味しそうな湯気を立てていました。その横では、果汁たっぷりの瓜や見たことのない鮮やかな色をした果物が、「わたしで喉を潤して」と、行き交う人を誘っていました。

「いやいや、珍しいものばかりだな。月の民の国の中で、別の村に来ただけなのに、こんなにも違うものなのか。これじゃ、よその国に行ったら、いったいどうなるんだろうか」

 羽磋は、物珍しそうにきょろきょろと左右の店を見回していましたが、どの店にも立ち寄ろうとはしませんでした。

「おぉい、兄ちゃん、この羊肉はうまいぜ、食ってみないかい」

「ほら、この瓜、良い音がするだろう。汁気たっぷりだよ。安くしとくよ!」

 店先からは、威勢の良い声が投げかけられますが、いつもの彼らしくない、あやふやな笑顔で、羽磋はそれを断っているのでした。

 羽磋は生まれてから今までの間を、讃岐村と遊牧地で過ごしてきました。讃岐村という貴霜族の根拠地は、それなりに栄えてはいたものの、やはり、遊牧隊の補給基地という性質が強いところです。

 早い話が、ゴビの砂漠と田舎の村で育った羽磋は、この大通りの賑やかで威勢のいい雰囲気に、すっかり圧倒されていたのでした。

「輝夜と一緒なら、この通りに並ぶ店を、片っ端から試して行くんだけどな・・・・・・。あ、あれ、まただ。王柔殿、こんにちは! どちらへお出かけですか!」

 店に入る思い切りはつかないものの、眺めているだけでも十分楽しいと、のんびりと歩いていた羽磋は、人の流れの中に、王柔と理亜を見つけました。

 思い返してみると、今朝、交結の館に向かうためにここを通った際にも、彼らの姿を見かけていました。羽磋は、自分でも理由がよく判らないのですが、彼らを見かけたのがとても嬉しくて、大声を出して呼びかけました。

 健康な心を持つ羽磋には、とても考えつかないようなことなので、明確な不安とはならなかったのですが、それでも、二人の顔をみてこんなにも安心した気持ちになるということは、確かに漠然とした不安は、彼の心の奥底に眠っていたのだと思われました。

 彼の心の奥底に眠っていた不安、それは、どのような不安だったのでしょうか?

 昨日の酒場の小部屋でのいきさつを知っていて、今朝のように、村はずれの方へ向かう二人の姿を見た人の多くは、こう思うのではないのでしょうか。

「ひょっとしたら、王柔は、理亜を連れて逃げ出してしまったのではないか」

と。

 人が考えをめぐらす際に用いる言葉は、自分が持っている言葉です。何かを想像する際に最も流れて行きやすい道筋は、自分が何度も通って下草も生えなくなっているような道筋です。

 王柔がそのような行動を選ぶという、明確な不安には行きついていなかった羽磋は、問題にぶつかった時に、「逃げる」という選択肢を持たない、非常に前向きな青年であったのでした。

 でも、そんな彼でさえも、心の奥にそのような不安を生じさせてしまうほど、昨日の王柔は「理亜をヤルダンに連れて行きたくない」と、一生懸命に訴えていたのでした。

「あ・・・・・・、ああ、羽磋殿、こんにちは」

 羽磋の呼びかけに気付いた王柔の顔に、さっと浮かび上がったのは、喜びとは違う別の何かの表れでした。でも、王柔は直ぐに笑顔を浮かべると、周りの人にぶつからないように、そして、理亜が自分の後ろに楽についてこれるように注意をしながら、羽磋の方へ歩み寄ってくるのでした。

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