コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第111話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第111話】 

「こんにちは、王柔殿、こんにちは、理亜姫」

 羽磋は、年長の王柔に対してはもちろん、その保護の下にある理亜に対しても、丁寧な呼びかけをしました。羽磋からしてみれば、理亜は年下になりますから、未婚の女性に対する敬称である「姫」をつける必要は無いのですが、やはり、彼女の保護者同然である王柔に対して気を使ってのことでした。

「ああ、羽磋殿、そこまで気を使っていただくことはないですよ。理亜と呼んでやってください。お気遣いはありがたいのですが、そもそも、理亜自体がよく判っていませんから」

 王柔は、丁寧な羽磋の呼びかけに対して軽い驚きを覚えつつも、あまり気を使わなくて良いと応えました。

 理亜はもともと異国の出身であり、月の民の言葉を理解し話しはするものの、やはり、細かな敬称の使い分けまでは充分に理解できていないのでした。そのため、せっかくの羽磋の厚意でしたが、本人にとってはかえって混乱の元となってしまうのでした。また、王柔にとってみても、そこまで気を使われることにはなれておらず、堅苦しくて気疲れをしてしまいそうでした。

 返って恐縮するほどの気遣いを自分より年下の羽磋が示したことで、もともと羽磋のことを「自分よりもできの良い、別格の人」と思っていた王柔は、さらに彼の成熟度と自分のそれに、大きな違いを感じてしまうのでした。

 「呼びかけの言葉ひとつとっても、やはり留学の方は違う。自分にはそこまで考えや気配りをめぐらすことはとてもできないなぁ」という思いが、自然に心の中に沸いてきますし、それに加えて、「ああ、僕は駄目だなぁ」という、自分を否定するような想いまでもが、心の奥底から表面に浮き上がってくるのでした。

 羽磋はとても素直な青年でしたから、王柔の内面にそのような複雑な思いがあることなど、想像もできていませんでした。むしろ、「肩肘を張らずに、気楽にしてもらっていいよ」と、年長者である王柔が許しを与えてくれた、と受けとったのでした。

 三人は一塊になって、大通りをゆっくりと歩き出しました。羽磋の要件は既に終わっていましたし、王柔たちも王花の酒場に戻るところだったので、村の中心部から外の方へと、同じ方向へ進んでいたのでした。

「私は、この村の代表者の交結殿のところにご挨拶に伺って、天幕に戻るところなんです。実は、今朝も、王柔殿と理亜が歩いておられるのをお見掛けしたのですが、どちらに行かれていたのですか」

「あれ、嫌だなぁ、羽磋殿に見られていたのですか」

 王柔は、また、照れたような、あるいは、苦々しいような、複雑な表情を浮かべました。それは、隠そうとする本人の意思にも関わらず、笑顔という仮面の下から垣間見えてしまった、王柔の感情の正直な表れだったのでした。

「えーと・・・・・」

 王柔は頭の中で急いで計算をしました。計算? 彼は何を計算していたのでしょうか。

 王柔がちらりと見下ろした理亜は、「はんぶーん、はんぶん。はんぶんナノ。はんぶーん、ぶんぶん。はんぶんナノ」などと、小さな声で適当な歌を口ずさみながら、傍らを歩いていました。王柔のことを信頼しきったようなその様子をみると、王柔は正直にありのままを羽磋に話す気が、無くなってくるのでした。

「ええ、まぁ、ちょっと、ね。いろいろと準備をしていました。ほら、もう明日は、ヤルダンへの出発ですから」

 そのような言葉が出てしまったのは、何も深い考えがあってのことではありませんでした。ただ、ちょっと、話し辛かっただけなのです。なんとなく、口に出したく無かっただけなのです。今日、自分たちがしてきたことについては。

 羽磋と王柔は、昨日、王花の酒場で出会ったばかりでした。

 羽磋にとっては、王柔は、ひょろっとした外見や自信がなさそうな話し方から、少しばかり頼りない印象は受けますが、ヤルダンを案内するという重要な役職についている、立派な年長の成人男子でした。

 一方で、王柔にとっては、羽磋は、小柄な体格やその年齢からしても、青年というよりも少年といった方がしっくりと来る男でした。でも、自分より年下であるその少年は、とても真っすぐな心と信じられないような強いまなざしを持っていて、しっかりとした芯がないと自覚している自分などは、彼の放つまぶしい光の前で、萎れて倒れてしまいそうに思えるのでした。

 正直に言うと、王柔は羽磋が苦手でした。彼の前に立つと、自分の弱さを意識せずにはいられませんでした。「もし自分が羽磋のようであれば、理亜のことも、もっとどうにかできたのかも」、そのようにさえ思えてきて、もともと、さして好きでもない自分のことが、ますます嫌になってきてしまうのでした。

 大通りの端で、羽磋と王柔たちは分かれることになりました。羽磋は村の外に設営されている天幕に戻り、王柔たちは王花の酒場へ戻るのです。

「それでは、明日はよろしくお願いします、王柔殿。では、また明日、理亜」

「いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。羽磋殿。ほら、理亜」

「ん、さようなら、ウサ」

 ヤルダンの先、吐露村の阿部の元を目指す羽磋。彼が、自分の一族を出た大きな目的は、輝夜姫という守りたい存在があるからでした。厳しい旅になるかと思われましたが、その一生懸命で一途な態度は、交易隊の小野や護衛隊の冒頓等との良い出会いを生み出しました。

 奴隷としてさらわれた自分の妹の手掛かりを得るために、王花の盗賊団の一員となった王柔。生来の性格なのか、自信がなく、人と自分を比べて弱気になってしまう一面を持っています。でも、今、彼の元には、守るべき存在である理亜がいました。

 二人は全く違う性格や生まれ育ちを持ち、それぞれ異なる立場にいました。

 でも、彼らにはまた、共通するところもありました。それは、「守りたい大切な女性がいる」というところなのでした。

 その二人は、背中に大通りの賑わいを感じながら、それぞれの場所へと戻っていきました。

 日頃でさえ魔鬼城とまで言われ恐れられているヤルダン、そして、いまは精霊の力が大きく乱れ、何か恐ろしいことが起きているのではないかとさえ、考えられているヤルダン。

 明日は、そのヤルダンへ向かって、足を踏み出す日なのでした。

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