コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第116話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことができます。

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第116話】 

「まだ半日かかるんですか。遠いですね・・・・・・」

 羽磋は片手を筒のように握ると、それを目の前にくっつけました。これは遊牧隊の先輩から教わった方法で、このようにすると、視界こそ狭くなりますが、遠くにいるものをはっきりと見て取ることができるのです。

 羽磋は、手で作った筒を顔にくっつけたままで、身体全体を動かして、自分たちが進んでいく方向をぐるりと見回しました。これは、少しでも早く進みたいという、羽磋の気持ちが行動に表れているのでした。「気がついていないけれども、実は自分たちは思ったよりも進んでいて、気を付けて探してみればヤルダンの兆候が見て取れる・・・・・・ということはないだろうか」、そのような子供っぽいとさえ言えるかもしれない、彼の淡い期待が表れているのでした。

 ぶん、ぶーん、はんぶーんナノ・・・・・・。

 理亜は今日も機嫌が良さそうに鼻歌を歌っています。彼女を乗せた駱駝を引きながら、王柔はそんな羽磋を少しまぶしそうに眺めていました。

「あ、あれ、王柔殿、この先の方に、盛り上がった岩みたいなものが見えますが、あれはひょっとして、ヤルダンの岩ではないですか?」

 その王柔に、羽磋が囁くような声で問いかけてきました。その声には、ひりひりとした緊張と隠し切れない期待が、込められていました。

「え、いや、ヤルダンまでは、まだ、しばらく時間がかかるはずなんですが・・・・・・、えーと、やっぱり、特に変わったものは無いですよ」

 羽磋よりもはるかに背の高い王柔でしたが、彼はさらに背伸びをして、羽磋が指さす方を確認しました。でも、羽磋が示す方には、通常のゴビの地形と比べて、特に異なるものは見つけられませんでした。

「王柔殿、こうやって見てみてください。遠くのものがはっきりと見えますから」

 羽磋は王柔の言葉を聞いても納得しない様子で、彼に自分の遠くを見る方法を強く勧めました。

 王柔としては、ここは何度も通ったことのある道であって、ここら辺りにヤルダンの奇岩がないことはよく知っているのです。「ヤルダンは、まだまだ、先ですよ」と片付けて、先へ進んでも良いところです。

 それでも、「まぁいいか」という気持ちで、彼が羽磋の勧める方法を試してみたのは、羽磋の真剣な表情に押されたということもあったのですが、それに加えて、やはり、心のどこかに「ヤルダンが変わってしまっているかもしれない」という思いがあったからなのでした。

 丸く握った手のひらを通して見ると、王柔の視界は点のように狭められました。たしかに、余計なものが目に入らないせいか、羽磋の言うように、目的のものがはっきりと見えるような気もします。でも、まだまだ、ヤルダンまでは距離があるはずです。こんなところにヤルダンの奇岩が・・・・・・、あ、あれ?

 王柔は、一度手を開いて目をこすると、もう一度同じようにして確かめました。あるのです、そこに。周りの地形とは明らかに違う、岩の塊が。まるで、ゴビの大地にという盤に、精霊が戯れでほおった賽のように、転がっているのです。

「そんな、まさか・・・・・・」

「ね、あるでしょう、王柔殿。我々は思ったよりも早く、進んできているのではないですか」

 王柔が驚いている様子を見て、自分の見た光景が正しかったことを知った羽磋は、嬉しそうに彼に尋ねました。

 でも、それを受けた王柔の方には、少しも嬉しそうな様子はありませんでした。これまで歩いてきた交易路の地形や目印から、自分たちが予想以上に進んでいることなどないことは、案内人である彼が一番よく知っているのです。

 それなのに、このような場所でヤルダンの奇岩を目にするなんて・・・・・・。自分の今までの経験と、自分が実際に見ているものとが明らかに食い違い、彼はどちらを信じればいいのか、とても混乱していました。

 その時、彼の頭の中に、ヤルダンにまつわる昔話の一節が浮かんで来ました。

「かつて、ヤルダンが溢れようとした」、それは、そういう一節でした。

 そうだ、自分の経験も、いま目にしているものも、どちらも正しいんだ。おかしいのは、そう、ヤルダンの方なんだ。かつて、ヤルダンが溢れたように、今、ヤルダンがおかしくなってきているんだ。王柔には、そう思えました。

「いいえ、羽磋殿。早く進んでいるわけではないのです。ヤルダンの何かが、おかしいのだと思います」

 緊張した声で羽磋にそう告げると、隊の先頭を彼に任せて、王柔は交易隊の中央を歩く冒頓の方へ向かいました。順序良く並んで進む駱駝の流れを、彼が引く駱駝、理亜が乗る駱駝だけが、遡って行きました。

「冒頓殿、冒頓殿っ!」

「どうした、王柔、どこに何があったんだ」

 険しい表情をして大声を上げながら戻ってくる王柔に、いつもなら軽口の一つも投げつける冒頓も、すぐさま反応をして見せました。なにしろ、王柔が自分を怖がっていることは、冒頓自身が一番よく知っているのです。特別な出来事でもなければ、彼の方から自分に話しかけてくることなど、あるはずがないのですから。

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