コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

【閑話】410編のマイルストーン

 

 

 みなさん、こんばんは。くにんです。 

 梅雨の時期になりました。ジトジトして嫌ですねぇ。

 とは言っても、この時期に雨が降らないと、夏を迎えた時に水不足になる恐れがあるのも事実です。災害にならない程度に雨を降らせてくださいませ、神様。

 

 さて、今回は約410編のマイルストーンです。いつもの通り、肩の力を抜いた閑話です。(#^.^#)

  

 

 まずは、御礼を。

 いつも長編物語「月の砂漠のかぐや姫」や短編・掌編小説等のくにんの創作物をお読みいただき、誠にありがとうございます! 自分が「物語を創ることが好き」であることは間違いないのですが、実際に机に座ってそれを形にするのはしんどい作業です。長い間それを続けてこられたのは、作品を読んでもらえる喜びがあってこそです。本当にありがとうございます。

 投稿初期の短編・掌編をまとめた作品集「九月の雨はクラゲ色」を、「秋野紅人」名義で秋風文庫から発売しております。下記リンク先でご購入いただけますので、是非ご一読ください。

 

www.kotogotono.com

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 また、現在、「月の砂漠のかぐや姫」の文庫本出版準備を、コツコツと進めております。250話を超えている本編を一度に文庫本にすることはできませんから、切りの良い所までをまとめて第1巻とするつもりです。

 そうすると、まぁ第一幕の終わりまでかなぁ、となるのですが、実のところ長さが中途半端なんですね。文庫本の1冊にするにはちょっと多い。もちろん、ぶっとい文庫本にする手もありますが、あれって、ノド(文庫本の綴じ部分の余白)の設定を普通にしても大丈夫なんですかね。ちょっと、素人には手を出しにくい・・・・・・。

 ひょっとしたら、第1巻(上)、(下)になるかもしれません。いや、それだと、「第1巻 〇〇〇(上)」で「第2巻 〇〇〇(下)」にした方が良いのかな。いっそ巻ごとの名前を考えずに、「月の砂漠のかぐや姫 1」、「同 2」・・・・・・と続けていけば、そんなに話の区切りを気にしなくても良いのかも。うーん。

 悩ましいことですが、こういうのを考えるのも、創作の楽しみの一つですね。(^-^;

  

 

 今節には、短編小説が1編含まれています。「分類の理由」です。これはムラサキさんがnoteで編んでおられるアンソロジーに投稿したもので、アンソロジーのテーマは「絶滅危惧種」でした。実は、noteには少し形を変えて投稿しました。まず、「掌編小説 分類」として短いものを、そして、約一月後に「短編小説 分類の理由」として本作を投稿しました。時間差をつけることで、まず読者に「分類の理由」を考えてもらい、「分類の理由」を読むときにご自分の考えと比較できるようにとしました。投稿という形態を利用した、ちょっとした工夫ですね。(#^.^#)

 作品の解釈は読者それぞれに自由にしていただくのがもちろんなのですが、このマイルストーンは「こーゆー風にしてみたんやけど、どない?」と言う場でもございますので、少しだけコメントをしたいと思います。

 本作には、「人間」という言葉や「数字」でひとまとめにされることの多い個人が、実はとても素晴らしい可能性と他の何とも被らない独自性を持った存在だよ、というリスペクトを込めております。智(とも) (id:btomotomo)さんからとても有難いコメントをいただいた通り、当初肩書でしか呼び合っていなかった登場人物が、最後に名前で呼び合うようになったのも、その仕掛けの一つです。

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 前回のマイルストーンからここまでの間に、ゲド戦記の第6巻「アースシーの風」を読み終わりました。ああ、とうとう「ゲド戦記」を読み終わってしまいました。とても面白い作品だっただけに、読み終わってしまって残念です。作者には「ゲド戦記」以外の作品もあるそうですから、それを探しますかねぇ。今はスティーブン・キングの短編集を読んでいるので、まずはそれを読んでからですが。

 

 ところで、「ゲド戦記」と言うと、多くの方がジブリの制作した同名のアニメ映画を思い起こされると思います。僕も先に触れたのは、ジブリのアニメ映画の方です。

 ここで、ジブリのアニメ映画「ゲド戦記」について、僕の個人的な感想を少し述べたいと思います。

 まず、全体として僕はあの映画は好きです。特にテルーの唄と全体の雰囲気が好きです。

 ただ、映画のストーリーは決してまとまっているとは言えません。テルーの「命を大切にしない奴なんて大っ嫌いだ」、「命は自分だけのもの? 私はいかされた。だから生きなきゃいけない。生きて、次の誰かに命を引き継ぐんだ。そうして、命は続いていくんだ」という台詞が作品のテーマなのでしょうが、テルーの過去などがあまり描かれていないため、これも非常に唐突に思えます。

 

 それでも、伏線がすべて回収される作品だけが素晴らしいという訳ではありません。日常生活を淡々と描く日本映画があるのですから、ファンタジー世界の一事案を描き、そこから世界を膨らませる作業は見た者に委ねるという作品があっても、それはそれでいいように思います。(製作者がそれを意図したのであれば、ですが)

 ただ、このアニメ映画「ゲド戦記」の最大の問題点は、原作である「ゲド戦記」を全くリスペクトしていないことにある、と僕には思えます。原作のゲド戦記は長い作品ですから、その中の一部分を取り出して映画化するということはわかりますし、その過程で設定を一部変更したり、多少出来事を変えたりすることもあるでしょう。でも、このアニメ映画は、原作から受け継いだのは登場人物と世界の名称ぐらいしかないように思えます。それも、名前が大きな重みをもつ「ゲド戦記」なのにその重みは引き継いでいない。皮肉なものです。

 どうしてこのように映画を作ってしまったのか・・・・・・。自分で表現したいことがあったのであれば、何も「ゲド戦記」として作らなければよかったのです。登場人物と世界の名称を変えて、幾つかの設定を整えれば、誰もゲド戦記が原作だとは気が付かなかったでしょうに。

 このアニメ映画を見た原作者は怒り心頭に発したそうですが、その気持ちはよくわかります。僕も仮に「月の砂漠のかぐや姫」がアニメ映画化されて同じような作品となったら・・・・・・。「アニメと原作は別の作品」と納得できないですねぇ、ここまで違ってしまうと。

 

 長々と映画に対するくにんの感想を書いて失礼いたしました。

 映画を見て、「ゲド戦記」に興味を持たれた方。是非、原作を読まれることをお勧めいたします。本の中には、貴方が興味を持たれた要素がとても色濃く詰まっております。きっと夢中になって第6巻まで読み進められることでしょう。

また、私が読んだのは下記リンク先でご紹介する岩波少年文庫の「ゲド戦記」でしたが、大人が読んでも「字が大きすぎたり行間が空きすぎたりしていて読みづらい」と言うことはありませんでした。むしろ、文体に翻訳ミステリーにも似たクセが少々ありますので、子供よりも大人の方が読みやすいかと思います。

 

  

 さて、今回のマイルストーンはこの辺りでおしまいにしたいと思います。

 次のマイルストーンは盛夏になるでしょうか。皆さま暑さに負けることなくお元気にお過ごしください。また、お会いいたしましょう!