コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

【掌編小説】 夏 青空 そして 花火

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ドーン、ドドーン‥‥‥。

 

 宵の口とはいえ、酷暑が日常となった昨今は、じっと縁側に腰を掛けていても背中に汗が流れるほど暑い。

 家中の窓や雨戸をすべて開け放ち、部屋の中を通り抜ける風に当たりながら、僕は花火を眺めていた。

 

 僕の住む古い家は、港に面した山の中腹の台地に、作業場と併設して建てられている。火薬を取り扱う生業の関係上、人里から離れているのだ。家業は「花火師」。今晩は港で花火大会が行われるため、家人や従業員はすべて出払っていた。ずいぶん前に家業を息子に譲った僕は、一人、家で留守を守っているというわけだ。

 現場から退いた当初は寂しい気持ちもあったが、今では立派な花火師となった息子を頼もしく思っている。我が息子ながら「世界で二番目の花火師」と言っていいほど、良い花火を創るのだ。

 

 ドン、ドン、ド、ドド、ドドーン。パチパチパチパチ・・・・・・。

 

 連発の大玉が次々と花を咲かせ、その周囲に光がはじけた。僕が「ほう」とつぶやいた後に、ズズンと響く振動が腹に伝わってきた。

 

 港が一望できる我が家からは、縁側に腰を掛けていても花火を鑑賞することができる。僕の傍らには、煙を庭に向ってたなびかせている蚊取り線香、枝豆を盛った笊、「暑い暑い」としきりに汗をかいている瓶ビールに、グラスが二つ置かれている。

 僕は、花火を鑑賞しながら、右手から左手へ、またその逆へと、陶器を玩んでいた。

 待ち人があるのだ。

 

 すうっっと、背中の汗が引いた。

 五月蠅い位に鳴いていた虫たちの声が、止まった。

 僕は待ち人が訪れたことを知った。

「兄さん、お帰り」

 僕は待ち人に語り掛けながら、二つのグラスにビールを注いだ。

「ああ、今年も帰ってきたぜ。元気だったか」

「うん、お陰様で。兄さんも元気そうだね」

「ああ、こっちは病気知らずだぜ、なんてな。はははっ」

 

 僕は、グラスを傾けながら、兄に家族の出来事、仕事の状況などを話した。

 兄からは、両親についてや親戚縁者についての近況を聞いた。

 そして、たくさんのたくさんの思い出について語り合った。

 

 ドオーン。シャシャア・・・・・・。

 

 我が息子ながら、見事な枝垂れ花火だ。

 

「良い花火を創るようになったな、あいつも」

「ありがとう。でも、兄さんの花火には及ばないよ」

「お前、まだ、それを持っているのか」

「うん、なんだか手放せなくてね」

 

 僕は、手元の陶器に視線を落とした。

 手のひらから少しはみ出すぐらいの大きさで、楕円形をした濃い緑色の陶器。

 それは、陶器で作られた手榴弾だった。

 

 顔を上げた僕の前には、夜空ではなくて青空が広がっていた。いつのまにか僕はあの日に還ってきていた。

 

「酷い戦争だったね」

「まったくだ。大体勝てるわけないんだよ。国としての体力が違い過ぎるからな」

「でも勝てると思っていたよ、大人たちは」

「ほとんどの大人たちはな」

 

 あの戦争、この島を戦場にした戦争。

 大人たちはもちろん、我々子供たちも、戦争に負けることなど考えてはいなかった。

 ただ、やはり子供は子供。決定的に戦局が暗転したあの年までは、毎年夏に行われる花火大会を楽しみにしていたものだ。

 

「それが、あの年ときたらな」

「夏のとても暑い日だったよね」

「ああ、うんざりするほど暑い、馬鹿みたいな青空の日だった」

「そう、ドンドンと大きな音がしてその青空を見上げたら、ところどころで黒い煙の玉があるんだよ。花火の試験発射かと思ったら」

「そりゃ、お前、対空砲火の煙じゃないか」

「その後も、そうだよ、いくつもいくつも白い花が青空に咲いたんだ。風に乗るその花をきれいだな、と思って眺めていたら、兄さんに頭を叩かれたんだ」

「当り前じゃないか、落下傘であちらさんが降りてくるんだぜ、のんびり眺めている場合じゃないだろうよ」

 

 夏が来る度に、花火を見る度に、兄と繰り返す思い出話。

 あの戦争は我が国の体力ではとても賄えるものではなかった。特に戦局が悪化した後は、外地から資源を入手する手段がなくなり、国内の金属製日常品までを徴発し武器を製造するまでになった。また、多くの男が戦場に送られ、残った女子供は日常生活を放棄して、軍事産業に関わることを余儀なくされたのだった。

 花火制作を生業としていた我が家も、もちろん例外ではなかった。火薬を扱う術に長けているだろうということで、我が家には手榴弾の製造作業が回ってきていたのだ。しかし、火薬を詰めるべき手榴弾として送ってこられたものは、なんと陶器でできていた。物資の困窮は、武器の一つである手榴弾を、鉄ではなく陶器で製造しなければならないところまで来ていたのだ。

 作業に当たる人的資源も枯渇していたから、子供たちも勤労奉仕と名づけられた労働に駆り出された。その様な状況の中で、兄も年長者たちに交じって、陶器製手榴弾を作成することに携わっていたのだった。兄は、一生懸命に働き、さらに、僅かな休憩時間にも、何かを作っていたようだった。

 

「酷い戦争だったな」

「うん、ほんとに酷い戦争だったよね」

 

 あの日、敵が上陸作戦を決行した日。

 島に配置されていた守備隊と猛烈な砲弾の応酬があったものの、戦力の差は歴然としていた。敵は次々と上陸し、島を制圧していった。

 その当時、我々は「敵は悪鬼羅刹の如し。敵の捕虜となった場合は恐ろしい拷問を受け生き地獄となる。潔く自決すべし」と教えられていた。そして、各集落ごとに自決の手段として配られていたものがあった。そう、それが、あの、陶器製手榴弾だったのだ。

 守備隊の組織だった抵抗が崩壊した後は、島全体が戦場となった。降伏が選択肢にない守備隊は、島民を巻きこんでゲリラ戦による抵抗を続けたのだった。戦場から逃れようと逃げ惑う島民たち。ある者は山へ、ある者は海辺へ、また、ある者は洞窟へと身を隠した。

 各地で、悲劇が生じた。海辺で敵に追い詰められた者たちは、断崖から荒波の中へと身を投じた。追い詰められて逃げ場がなくなり、最後には文字通り捨て身で敵に向かって行き、銃弾に倒れた者たちもいた。そして、あの、陶器製手榴弾を使用し、集団で自決した者たちもいたのだ。

 

 陶器製手榴弾の中には、複数の不発弾が混じっていたとも聞く。手榴弾は単に火薬を詰めただけで爆発するわけではない。当然、必要とされる製造方法を守って作らねば、きちんと作動しないのだ。兄に水を向けたこともあったが、兄は「まぁ当時の劣悪な設備を考えれば、そんなもんだろう」と言葉を濁した。でも、僕は、少なくともその不発弾の中のいくつかは、兄が意図してして作ったものと思っている。そうでなければ、我が集落の自決用として配られた陶器製手榴弾を、自分が作ったものとすり替える理由がないではないか。

 あの夏の日、僕たちの集落にも敵兵が近づいてきていると伝達があった。集落に残されていた者たちは、古びた日本刀を下げた里長を中心として近くの洞窟に避難した。中には少しでも身を守ろうと、竹槍を持つ者もいた。先頭を行く長が手にしていたのは、あの、兄がすり替えた陶器製手榴弾だった。

 洞窟に避難が完了した後、時間がどのように流れたのかは覚えていない。艦砲射撃の振動がいつまで続いていたのかも覚えていない。洞窟という閉鎖された空間で、身を寄せ合う人々は皆、死への恐怖におびえている。いや、中には、その恐怖に耐えかねて、いっそ楽になろうとまで考え始めている者までいる。そのような中では、時間も止まっては流れ、進んでは戻っていたのではないか。

「潔く自決しようではないか」

 誰がその言葉を口にする、お前か、お前か。いっそ、俺が?

 言葉には出さないものの、世話しなく目配せを交わしあう人々。

 皆の考えが、最後の決断に収束し始めたその時。

 兄が長に申し出たのだ。「俺が外の様子を見てくる。もし敵兵が近づいてきたら、自分が蔵から持ち出したこの花火を鳴らす。最後の決断はその時まで待ってくれ」と。

 

「あの時は本当にどうしようかと思ったよ、兄さん」

「仕方ないさ。あのときはみんな極限状態だったからな。手榴弾か、仮にそれが不発だったとしたら、長が持っていた日本刀か、それこそ、竹槍を使ってでも何とかして自決しようという雰囲気が出来上がりそうだった。誰かが、一言、決定的な言葉を発する前に、なんとかして止めないといけなかったんだよ」

 

 今にも「自決」の結論が出そうな張り詰めた空気が、少し緩んだ。人間とは不思議なもので、最悪の決断も有り得る状況は変わらないとしても、方向性が示されて、どうなるかわからないという不安定さが取り除かれれば、落ち着きを取り戻すことができるのだ。ただし、その落ち着きも一時のものでしかない。長の承諾を得た兄は、僕に洞窟の中で大人しく待っているように伝えると、時を置かずに外へ出て行った。

 果たして、敵は近づいてきているのか。

 それとも、この洞窟は敵に見つからずに、我々は助かるのだろうか。

 洞窟に残っている者は皆、音を立てないように座り、外部に花火の音が起きないかどうか、じっと耳をそばだてていた。

 そして。

 パン、パパン、パパン。

 花火のはじける音が、洞窟の空気を震わせたのだった。

 里親の行動は素早かった。花火の音が伝わるとすぐに集合の合図をかけ、祖国の発展と戦争の勝利を祈りながら、手榴弾の起爆ピンを抜いたのだった。

 しかし、爆発が起きるはずはなかった。それは兄が製作した「不発仕様手榴弾」だったのだから。一瞬の静寂が過ぎ、誰かが「不発だ、こうなったら」と声を上げたその時、洞窟の中に敵兵が侵入してきたのだった。そう、我々は、自決の時機を逸し、捕虜となった。しかし、その代わりに、自らの命を長らえることができたのだ。ただ、一人を除いて。

 

「洞窟内で大人しく待っているように」と言われた僕だが、実は、兄が心配でたまらずに、洞窟の入口から外を窺っていたのだ。

 兄は洞窟を出ると、慎重に身を隠しながら、敵兵を探していた。兄のいるところから比べると洞窟は少し高いところに位置していたので、僕には周囲の状況を把握することができた。兄のすぐ近くに敵兵はいなかったが、兄から数十メートル離れたところを敵の小隊が通り過ぎようとしていた。小隊は皆が潜む洞窟にも、周囲を警戒している兄にも気づいた様子はなかった。

 その時、僕の見つめる前で、兄は信じられない行動をとったのだ。

 兄は、ポケットからマッチを取りだすと花火に火をつけた。そして、おもむろに立ち上がるとそれを頭の上に掲げて振り回したのだ。花火から立ち上る煙の中、兄の頭の上に赤や緑の光が舞った。

 花火のはじける音は僕には聞こえなかった。でも、敵地を警戒しながら巡回している兵隊には、兄が起こした煙と光は、十分な刺激になったのだろう。何かを叫びながら、兄の方へ向かってきたのだ。兄は片手で花火を振り回しながら、僕たちの潜む洞窟を指差していた。その意図は僕にも伝わってきた。兄は洞窟の位置を敵に教えようとしていたのだ。敵小隊にもそれは伝わったのだろう。小隊は二手に分かれ、一隊は僕が顔を出している洞窟の方へ向かってきた。僕が慌てて洞窟の中に戻ろうとしたその時。

 パン、パパン、パパン。

 小銃の立てる乾いた音が響いた。

 振り向いた僕が見たのは、銃弾を浴びて倒れる兄の姿だった。

 

「仕方ないさ、あちらさんも、敵地でピリピリしてたんだしさ」

「そうは言っても、兄さんは何もしていないじゃないか」

「いや、安心して手を下ろしたのがまずかったのかも知れないな。あちらさんが何を言っているか、さっぱり判らなかったからなぁ。仕方ない、さ」

「兄さんは人が良すぎるよ」

「そうでもないぜ、集落のみんなをだましていたんだしさ。あのままだと、戦闘が終わる前に誰かが自決しようと言い出してしまいそうだったからさ、いっそ、生き延びるために敵に捕まった方が良いと思ったわけさ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない、もっと晴らしい花火を創りたいんだって思ってたからな。だけど、まさか、俺が撃たれた小銃の音が引き金になって、自決騒ぎが起きるとはな。そうではなくて、いきなりあちらさんが洞窟に侵入する想定だったんだが」

「いや、でも、あの手榴弾のお陰もあったし、兄さんが場所をあちらさんに教えてくれたから、日本刀や竹やりでの集団自決も何とか防ぐことができたんだよ」

「そう言ってもらえると、嬉しいかな。まぁ、俺の花火への夢は、お前の息子や孫が立派に引き継いでくれているしな」

 

 ダンダンッ。ドドドドドォン。

 タタタ。ダン。ダン。ドォーンドオォン。

 

 花火大会の音が、戻って来ていた。クライマックスを盛り上げるべく、一斉に数十発の花火が打ち上げられていた。

 

「スターマインっていうのか、全く見事なもんだぜ。立派なもんだ、世界一ってな。じゃあ、そろそろ、俺はいくよ。また来年まで、元気でな」

「兄さんもね、元気で」

 花火大会を眺めながら話をしていた僕は、兄さんの方を振り向いた。

「なんだ、お前、俺が見えるのか」

「いやいや、まだ、見えないよ」

 僕は、兄を安心させるために、返事をした。嘘ではない。兄の姿は見えない、まだ。でも、僕には今でも観えるのだ。あの日の、洞窟から飛び出していったときの、薄汚れたシャツを身に着け膝が破れたズボンを履いている兄の姿が。

「そうか、まぁ、ゆっくりとしてから来いよ。またな」

「うん、そうするよ。またね、兄さん」

 

 ダンッダンダダンッ。パパパパパパパパンンンンンンッツ。

 パン。シャァサハァ‥‥‥。

 

 最後のスターマインが、夜空に余韻を残しながら、薄れていった。

 風が煙を運び、夜空を飾る役目は星々に戻された。残響が消え去ると、虫たちが自分たちの音楽を再び奏で始めた。

 見事な花火だった。我が息子、我が孫ながら誇らしいものだ。でも、僕にとっては世界で二番目に美しい花火だ。

 僕が見た一番美しい花火、それは、あの夏、あの青空の下、兄が頭上で咲かせた赤や緑の花々だ。あの花火より美しいものを、僕は知らない。

 

 港に面した山の中腹。古い家屋の軒先。

 僕は部屋の中を通り抜ける夜風に当たっている。右手に納まっている陶器の冷たさが心地よい。

 傍らには、半分が灰になった蚊取り線香。皮だけになった枝豆。転がされたビール瓶に、空になったグラスが二つ。

                                   <了>