コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。宜しければ、ひとときおつきあいください。

月の砂漠のかぐや姫 第100話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、下記リンク先でまとめて読むことが出来ます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第100話】 

 こうして改めて問われると、冒頓の言うこともよくわかるのでした。理亜の現状が続くという保証はどこにもありません。このことにヤルダンの精霊の力が関わっているのだとしたら、こうして理亜がヤルダンから離れていることが、それこそ、悪い方向に働くことだってあるのかも知れません。

 でも、だからと言って、ヤルダンに乗り込んでいくことが、正しいということにもならないのではないでしょうか。それが、決定的な悪いことにつながってしまうことだって、あるのではないでしょうか。

 いったいどうすればいいのでしょうか。何が良くて何が悪いのでしょうか。万が一、間違った選択をしてしまったら、自分はどうしたらいいのでしょうか。

「ただ、理亜を大事に考えてほしい。それだけなのに・・・・・・」

 王柔には、もう何もわからなくなってしまいました。

 もともと、この問題を解決するために自分たちがどうするのか、それは偉い大人たちが決めてくれると考えていた王柔は、それに伴う大事なことについても、考えてはいませんでした。

 何かを成すときに、何かを決断をするときに、生じる責任について。

 理亜のためにヤルダンに行くにしろ、あるいは、行かないにしろ、それを決めるということは、その結果に対しての責任が生じるということについて。

 そして、「理亜のことを大事に考えてほしい」と他者にお願いをするだけで、自分の行動を決めない、自分たちの行動についての考えを持たないということは、自分の責任を他者にゆだねることだということについて。

 

 

 王柔は言葉に詰まり、立ち尽くしてしまいました。

 その彼の後ろには、理亜が自分の椅子から立ち上がって移動してきていましたが、冒頓たちはその姿から、理亜が王柔の陰に隠れるためというよりは、むしろ、理亜が彼を支えるために後ろに回ったという印象を受けるのでした。

 小野や王花が考えていたよりも、ずいぶんと長い話し合いになってしまいました。

 小部屋の扉の隙間からは、酒場で交易隊の者たちが上げる大きな声が絶えることなく聞こえてきていますが、小部屋に差し込んでくる太陽の光は、ずいぶんと少なくなり、陽が落ちる時間が差し迫っていることが察せられました。

 正面から太陽の光を受ける位置にいた王柔でしたが、今はその光の変化に気付く余裕はありませんでした。

 でも、時間は確実に進み、まもなく陽が落ち、そして、理亜は消えてしまうのでしょう。

 では、理亜は、その消えてしまう当事者は、自分の身体のことについてどのように思っているのでしょうか。先ほどから、何度も話の中で自分のことが語られていることについて、何を感じているのでしょうか。

 実のところ、大人たちが考えているような得体の知れない恐怖、明日再びこの世界に現れることができるかどうかの心配などは、彼女は感じてはいませんでした。

 理亜はまだ、十歳になるかならないかの少女です。自分の身体に起きた、他人の身体に触れられないという大きな変化に比べれば、日没とともに消えてしまい日が昇るとともに現れるという現象は、もちろん大きな事柄ではあるものの、ある意味、日没とともに強制的に眠りに落ちるようになった、という程度にしか受け取っていませんでした。まだ、消滅という難しい概念を理解して心配するほどには、理亜が成長していないとも言えますが、夜に眠りにつくときに、次の朝に目が覚めるかどうかを心配する子供が、いったいどれだけいるでしょうか。意識がない時の心配の方にではなくて、意識がある時の心配の方に注意が向くのは、この年代の子供としては、普通のことと言えるのでした。

 また、吐露村からさらに異国へ伸びる交易路の西の果てから、彼女は連れて来られました。片言ではあるものの月の民の言葉も話し、簡単な話であれば聞き取ることはできるのですが、先程から自分の周りを飛び交っている難しい話には、理亜は全くついていけていないのでした。ですから、冒頓のような男に鋭い目で睨まれれば、自分を守ってくれる存在で、兄のように思っている王柔の後ろに隠れてしまいますが、自分をヤルダンに連れて行くかどうかについての難しい言い合いから、彼女が傷つけられることもなければ、心配を引き起こされることもないのでした。

 ですから、彼女がいま王柔の後ろに回っているのは、自分のことについていろいろと話がされていて不安になったというわけではなくて、立ち上がって話をしていた王柔が冒頓に気圧されて困っているようなので、なんとかその力になりたいという思いからだったのです。それは「兄の味方をしたい」という、理亜の優しい気持ちの表れだったのでした。

「アッ・・・・・・」

 その理亜の口から、小さな声が漏れました。

 耐えがたい眠気が、急に彼女を襲ってきたのでした。それは、あのヤルダンでの一件があってから、毎日繰り返し感じている眠気でした。

 この眠気が来ると直ぐに、理亜はどんな場所にいたとしても眠りに落ちてしまい、次の朝まで目覚めることは無いのです。もちろん、これは理亜がそう感じているというだけで、実際には、彼女は空気の中に溶けてしまうかのように消えてしまい、次の朝に再びその場所に現れるのですが。

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