コトゴトの散文

日常のコトゴトが題材の掌編小説や詩などの散文です。現在は「竹取物語」を遊牧民族の世界で再構築したジュブナイル小説「月の砂漠のかぐや姫」を執筆中です。また、短編小説集をBOOTHで発売しております。https://syuuhuudou.booth.pm/

月の砂漠のかぐや姫 第280話

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(これまでのあらすじ)

 月の巫女である竹姫と、その乳兄弟である羽磋。月の巫女としてではなく、素の自分の居場所が欲しいと頑張る竹姫に、羽磋は「輝夜」(かぐや)の名を贈り、自分が輝夜を望むところに連れて行くと約束します。それは二人だけの秘密でした。しかし、大砂嵐から身を守るために月の巫女の力を使った竹姫(輝夜姫)は、その大事な秘密を忘れてしまいます。月の巫女はその力を使った代償として自らの記憶・経験を失い、最悪の場合は、その存在が消えてしまうのです。それを知った羽磋は、輝夜姫が無事に生を全うして月に還ることができる方法を探すため、肸頓族の阿部の元へと旅立ったのでした。

 

※これまでの物語は、「月の砂漠のかぐや姫」のタブでご覧になれますし、下記リンク先でもまとめて読むことができます。

 

www.alphapolis.co.jp

 

 

【竹姫】(たけひめ)【輝夜姫】(かぐやひめ) 月の巫女とも呼ばれる少女。人々からは「竹姫」と呼ばれる。羽磋に「輝夜」(かぐや)という名を贈られるが、それは二人だけの秘密。

【羽磋】(うさ) 竹姫の乳兄弟の少年。貴霜(くしゃん)族の有望な若者として肸頓(きっとん)族へ出されることとなった。大伴の息子。幼名は「羽」(う)。

【翁】(おきな) 貴霜族の讃岐村の長老。夢に導かれて竹姫を拾い育てた。本名は造麻呂。

【大伴】(おおとも) 羽の父。貴霜族の若者頭で遊牧隊の隊長。少年の頃は伴(とも)と呼ばれていた。

【阿部】(あべ) 大伴の先輩で良き理解者。肸頓族の族長。片足を戦争で失っている。

【小野】(おの) 阿部の信頼する部下。片足を失くした阿部に代わっ

て、交易隊を率いている。小野と言う名前だが、30代の立派な成人。

【御門】(みかど) 月の民の単于(王)。

【冒頓】(ぼくとつ) 烏達渓谷の戦いで大敗した匈奴が月の民へ差し出した人質。匈奴の単于の息子。小野の交易隊で護衛隊長をしている。

【苑】(えん) 匈奴から冒頓に付き従ってきた従者の息子。成人していないので、親しいものからは「小苑」(しょうえん)と呼ばれる。

【王花】(おうか) 野盗の女頭目

【王柔】(おうじゅう) 王花の盗賊団の一人。交易隊の案内人。

【理亜】(りあ) 王柔が案内をしていた交易隊が連れていた奴隷の少女。

 

 

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【第280話】

 その理亜が目にしたのは、自分の方に半ば身体を向けながら首を捻って後ろを振り向いているひょろりと背の高い男が、横から急に吹きこんできた激風によって、まるで全速力で走る馬にでもぶつかったかのように大きく弾き飛ばされるところでした。

 もちろん、その弾き飛ばされた男とは、王柔でした。背中の方から自分を追いかけて来た羽磋の悲鳴のような声に思わず振り向いたところに、全く意識していなかった方向から突風を受けたのですからたまりません。突風に対して姿勢を低くして身構えることも、足を踏ん張ることもできませんでした。彼は「オワッ」と言う短い叫び声を残すと、身体ごと風に攫われて宙に浮き、次の瞬間には、理亜たちから少し離れた地面に叩きつけられていました。

「王柔殿!」

 母親と対峙している理亜のことも気になりますが、やはり、地面に激突した王柔の身体の事が心配です。羽磋は、直ぐに彼の元へと走りました。母親が放った暴風は恐ろしいほどの力を持っていて、それに弾き飛ばされた王柔が倒れているところに着くまで、敏捷な羽磋でも幾らか走らなければなりませんでした。羽磋が走り寄る間、ヤルダンの案内人であることを示す赤い頭布を巻いた王柔の頭は、地面に付いたまま少しも動きませんでした。

 一連の出来事が自分の把握している中で起こった羽磋は、すぐに動くことができたのですが、理亜にとっては、それは前触れもなく、しかも、ほんのわずかな間に起きた出来事でした。

 それに、いまのいままで、彼女は母を待つ少女の母親に対して、自分は母親の娘だと必死になって訴えていたところでした。彼女がそれをどのような気持ちで行っていたのかはわかりませんが、彼女は母親に対して「わたしだよ、由だよ」と名乗り、母親の顔を一心に見つめていました。そして、まるでそれは自分の名前ではないとでも言うかのように、王柔の「理亜」という呼び掛けには、全く関心を見せていませんでした。

 そのため、目の前で一体何が起こったのかを彼女が理解するのには、少しばかりの時間が必要でした。

「え、な・・・・・・に? 何があったノ? アレ、え、アレは、オージュ? オージュ!」

 それでも、だんだんと状況がわかってきたのでしょう。理亜の表情が、母親に対して訴えかける必死のものから、他人を心配するものへと、サアッと変わりました。もちろんそれは理亜の顔であることに変わりはないのですが、そこに現われた表情の変化は非常に明確で、まるで中身が全く別の人に入れ替わったかのようでした。

 これまで母親の発する怒りの圧力に押されて膝をつきながらも、力と気力を振り絞ってその場で耐え、一度も母親の顔から視線を逸らすことなどなかった理亜でしたが、まるでそのような事など全くなかったかのようにパッと立ち上がると、王柔が吹き飛ばされていった後方を向きました。そして、母親の方を振り向きもせずに、走り出しました。

 

「王柔殿、王柔殿! しっかりとしてください!」

 王柔の元へ辿り着くやいなや、羽磋は彼の上半身を抱き起してその頬を叩きました。突風に弾き飛ばされて地面に転がされた王柔が、そのまま全く身動きを取らなかったので、もしや万が一の事でもあったのではと、羽磋は気が気でなかったのでした。

「・・・・・・う、うう。・・・・・・あ、羽磋、殿?」

 幸いにも、羽磋のその心配は当たってはいませんでした。

 いきなり予想もしないところからぶつかってきた突風に吹き飛ばされ、反射的に身体を守る動きを取ることすらできないままで地面に叩きつけられたために、王柔は一時的に気を失っていました。でも、羽磋が彼を呼ぶ声と頬へ加えられた刺激によって、王柔は直ぐに意識を取り戻すことができたのでした。

「よ、良かった。目を覚ましてくださって、良かったです、本当に。でも、お身体は大丈夫ですか?」

「痛てて・・・・・・。いや、全身が痛いですけど・・・・・・、何とか動かせます。ですけど、いったい何があったんですか、羽磋殿」

 王柔はまったく状況がわかっておりません。羽磋に問われて手足を軽く動かすと、背中や腰などに酷い痛みが走りますが、どうしてこのような痛みがあるのか、そもそも、自分はどうして倒れているのかすら不思議でなりません。痛みに顔をしかめながらも、王柔は羽磋にその疑問を尋ねずにはいられないのでした。

 羽磋は何が起こったかを手短に王柔に伝えました。それを聞いた王柔は、全身に再び痛みが走るのにも構わず身体を起こしました。気を失ってしまったせいでひどく混乱をしていた彼の意識が、羽磋の説明を聞いてようやく整理されて来ると、自分が何をしていたのかがすぐに思い出されました。それがバンッと心の中で大きく膨らんで、彼に訴えてきたのでした。「理亜を助けるんだ。理亜のところに行くんだ」と。

「そうだ、理亜っ。理亜は大丈夫ですか? 羽磋殿」

「そうですね。早く理亜を助けないと」

 理亜のことを心配して立ちあがろうとする王柔ですが、彼の身体はガクガクと大きく震えていて、一人では走ることはおろか歩くことも難しそうです。羽磋は王柔の身体が倒れそうになるのをサッと脇に手を回して支えると、先ほどまで注視していた理亜と母親が向かい合っている場所へと顔を向けました。